これはいい曲だー。
ただ、槇原の歌詞っていうのは何てこと無いことをものすごーく肥大化させてとらえるクセがあるんですよね。
妙に演出くさかったりキレイごとっぽい詞がすきじゃない僕としては最初の方の、子供が歩けないまま生まれてきたのはどこへも行かないと約束してくれてるようだとかいう歌詞とかにはやっぱり「んなわけないだろ」ってツッコミを入れたくなっちゃいます。
いい歌詞が多い中、「いや、それはいくらなんでも言いすぎだろ」なところがあるのが彼の歌詞なんですが、まあこのへんは人によって感じる度合いが違うと思うのでしょうがないです。
ただこの箇所についてフォローするなら、
子供がそういうことを約束してくれているんだっていうことを言いたいんじゃなくて、まるでそんな風であるように感じてしまうぐらい、全てをいい方へ解釈したくなるぐらいパパは舞い上がっちゃったんだよ、っていうことだと思うけど、第三者の視点から見るとちょっと冷めちゃいます(爆)。
さて、僕は音楽を聴くときは歌詞が重視なんですが、これは曲もいい。
「ぼ・く・の・指・を・ギュッ・と握る手が」
みたいに、一つ一つの言葉が力強く発せられることで、新たに生まれた生命の力強さみたいなものを僕は感じたんですけどどうですかね。
そして再び歌詞ですが、この曲のタイトルにもなってる「Wow」。
これは「ウォウ」じゃなくて「ワォ」なんですが、驚いたときの感嘆詞ですね。
ほんとはもっともっと喜びの言葉を並べたいのに並べつくせない。
そんなとき、口を突いて出てくるのはこんな言葉ぐらいなんじゃないでしょうか。
言葉ってのはしょせんは限られた伝達手段。
本当の喜びや悲しみを表現するにはどうしたらいいか。
それで行き着いたのがこんなシンプルな言葉だったわけだけど、コロンブスの卵ですよ。
言うのは簡単だけどよくぞそこに行き着いた。
そして自分の幸せは自分が味わうものではないという、幸せの定義を根底から覆す発想。
これはきっと、自分の子供ぐらいにしか向けられない感情なんじゃないかな。恋人や夫婦は、やはり共に幸せでありたいと願うもんだ。
それだけ、親の愛ってのは深いものなんだぞ、ってことを、今の子供たちにも意識してもらいたいです。
そしてそうじゃない親に対しても、このぐらいの愛を注いでごらんなさいと言いたい。
僕はまだ未婚だから子供を持つ親の気持ちには至らないかもしれないけど、亡くなった弟は元々寿命が限られていたこともあって、僕は普通の兄弟とは違った思いを注いできたので、実の子供に対する愛に近いものがあったためか、僕にはよくわかるような気がするんですよ。
それぞれが好き勝手にそれぞれの道を歩むような、どこにでもいる兄弟とは違ったんだ。
僕には全てが出来るのに弟だけが、出来ることが限られていた。
弟が何か新しい刺激や出会いが得られるなら、僕のことはどーでもよかったです。
なんかそのときの僕の気持ちを代弁してくれてるみたいで、この曲は大好きだ。