[ 2008年08月20日
18:52 ]
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[ 2006年12月01日
17:51 ]
【人間】
新人の心得
こーいうの書くのもどうかと思うんだけど、日々の記録、僕が感じたこと、考えたことを書き綴る場として、ちょっと書かせてもらいますわ。 まあちょっと前の日記でも書いたように、新人さんてのは知識が無いのが当たり前だし、俺たちはそのことを汲んでやらないといけない。 やる気はあるのに空回りってこともあるだろうし新人さんも色々つらい思いをしてるはずだとフツーなら僕もそう思うのね。 そーいうところをフォローしながら僕たちは新人さんを育てて行くものなんだろうって思ってた。 でも世の中には例外ってものが例外なく存在するんだよね。
覚えが悪い、ミスをしてしまう、教えたことを何度も質問をしてくる。 これは僕的感覚では全く問題ない。 憶えることって多いから、やっぱ一度やっただけじゃ頭に入らないのは当たり前。 そーいうのは遠慮なくどんどん質問してくればいいし、全然悪いことじゃないと思うのね。 頑張る人間は嫌いじゃないしね。 失敗を繰り返さないようにしながら人は成長していくもんだ。 だけどこーいうのは僕的にはNGです。 ↓ 自分の非を認めない、悪いと思わない、何とも思わない、わかろうとしない、全て自分でやろうとする系の人種。 センパイ方も頭を悩ませてるみたいだけどここまで悪条件が揃う人ってのもなかなかいないので、さすがに甘ちゃんの僕ちゃんも少々対処に困ってます。 仕事に失敗した場合、確かに思いつめすぎるのは良くないとは思う。 だけど自己を省みることすらしない人間て、実は僕、一番ニガテ系です。 まあ、業界のことをまだわかってないっていうだけならいいんですけどね。 でかいクレームの1件や2件受ければ少しは変わってくれんのかな。 どんだけこの業界が怖いか。 いやでも思い知る時が来れば。 それでも何も感じなかった日にゃあ、さすがに俺も見放すかもな。 ちなみに昨日とか先日、前店舗に立ち寄ったとき、そこの後輩が仕事してるところを見て、「成長したなあ」って思ったよ。 この後輩はよく僕が教えてあげることが多かったので、なんか親心みたいなものを感じちゃったりして、すっかり頼もしくなった彼女を見てちょっと淋しくなったりしてな。 あはははは。 彼にもそうなってほしいね。是非。 接客態度もなってないので、 接客レベル全国トップの僕が、基礎から叩きなおしてやります(完全に調子に乗ってるな俺)
ごめんね長くて。 続きなんだけどさ。 前の記事で、怒ったりにらみつけたりすることに一体どんな意味があるのかわからないし、誰かを傷つけるのがイヤだから僕はそーいうことはしたくない、みたいなこと書いたけど。 もちろんこれは自分が客の立場での話だけど、実際、仕事でクレームが続くと、自分の心がすさんでいくような気がするのね。 そんでたまにすごくいいお客さんに当たったりすると、 ああ、世の中にはこんなにいい人もいるのに、あの程度のクレームで腐りかけてた自分が恥ずかしい、なんて我に帰ったりもするわけ。 だからなおさら、僕は客の立場でクレームとかつけたくないんだよ。 僕の一言がその人を腐らせることにもなりかねないし、やはり「その人のために言ってやった」なんてのはこじつけにしか思えないからね。 言葉ってのは思うよりも暴れてて、ふとした一言は核爆弾のごとく相手の心を打ち砕く。 その痛みを知ってるから余計に自分ではできないよな。 僕もよく、クレームのときにもはや論点がずれて僕の人間性を攻撃されたりするよ。
クレームはチャンス。 最初の記事の冒頭でも言ったけど、間違いではない。 だけど、それは人としてのモラルが守られた上でのコミュニケーションが大前提になるんじゃないか。 とにかく相手を打ち負かそうだとか、脊髄反射的に怒鳴り散らしたり睨み付けたり、そんなのはただの感情の暴走でしかない。 常に幅広い視点で物事を理解し、心はニュートラルな状態で相手の言葉も受け入れることができる大人でありたい。 何か間違ったことでも言ってますか。
クレームは、自分たちの仕事をよくするためのチャンスだと思え、なんてよく聞く言葉ですけどね。 間違いだとは言わないけど、こんなのは僕にとってただの机上の空論にしか思えないです。 接客態度が悪い、だとか、僕たちの努力次第で改善できるご指摘なら、それは大いに役立たせていただくさ。 だけど、たいがいクレームというのは会社の上の人間が決めた運用上、我々にはどうしようもないこととか、規定外の無理難題な注文てのがほとんどだってことに、誰もが気がついてるはずだ。 うちの業界に限らず、世間一般の働く人々もね。 つまり、クレームはチャンスだと思え、というのは、上の人間が考えた、下の人間のモチベーションを落とさせないための理想論だよな。 実際そのクレームが改善に活かすことができないというのがどの企業においても共通して言える現実だ。
つまり僕は何が言いたいかって、ほんとにそれをチャンスだって思えてる人間がどれほどいるかってこと。 そして僕たちは社会人である前に一人の人間だってこと。 怒られれば傷つくし、いやなことがあればへこむ。 それが人間としてごく自然な姿であって、僕はそれが悪いことだなんて全然思わないね。 それに、誰かが傷ついたりへこんだりするのがイヤだから、僕はお客さんの立場で何かにクレームをつけるってことはあまりしないです。 確かに、改善すべき点については、ちょっと言ったりすることもあるけどね。 でもそのニュアンスは「教えてあげる」「諭してあげる」という程度にとどめるかな。 怒ったりにらみつけたりすることにどんな効果があると思うよ? 「その人や店のためだ」 なんてのは、ただ自分が怒りをぶつけるための正当化にしか僕には聞こえません。自分が客の立場でもね。 こないだ、バスの時間がちょっと遅れてたのね。10分くらいかな。 それで待ってたおばちゃんが、運転手さんにブチキレちゃってさ。 運転手も丁重に謝ってはいるんだけど、おばちゃん、留まるところを知らない。 渋滞でどうにもバスが動かなかったらしいんですが、 「だったらその分早く出なさいよ!」 とか金切り声上げてるわけ。 そんでようやく席についたあとも、終点まで一人で、(聞こえるように)ずーっとブツブツ言ってるわけ。 なんかさ。 がっかりするよね、ああいうの見ると。 世の中、自分中心に動いてないと気がすまないというか、全てが数式どおりにきっちり動くというわけにもいかないってことを知らないんだろうな。 何がそんなに気に入らないんだろう。 視野が狭いっていうか、もっと周りを見てごらん。 空は晴れ、小鳥は歌い、大切な人がいてその人が自分に微笑んでくれたら僕は他に何を望むだろう。 もはや僕はそれだけで生きていける。
[ 2005年11月14日
01:20 ]
【人間】
孤独
人間は皆孤独だ、とかよく言うよね。 または、人は1人じゃ生きられない、とか。 後者はつまり人は支えあって生きるもので、決して孤独じゃないってことを意味し、この二つの意見は矛盾だらけだけど。 要は人は支えあって生きているが、孤独でもある。 それはケースによって違うもので、一概にどちらか一方であると断定することはできない、とか、大方そんなところですかね、妥当な答えを言うとすれば。 他に思いつく人いる? 相手のへこんでる原因に合わせてその場限りのそれっぽい言葉を無責任に投げかけたりするからそーいう矛盾が生まれる、とかでもいいよ。 まあ・・・別にいいかあ、どっちでも。 僕は多くの意見においてどれが正しいとかは思わないんだけど、やっぱどれも一理あると思うのね。かと言って、「これが正しい」って言い切っちゃうと矛盾するところもあるわけ。 だけど誰しも孤独な時があるのは確かだろうけどね。 人は自分のことでさえよくわかってなかったりするんだから、ましてや他者が自分のことなんてわかるはずもない。 そーいう意味では「誰も自分のことをわかっていない」という意見は正しい。 問題は、わかりっこないのに理解を人に求めるから孤独になるんじゃないか?
というか、孤独云々について声高に何かを訴えてる人とか見ててふと思うのは孤独ってそんなにつらいものですかね。 人は1人で生きるのは難しいし、社会的な立場にしろ何にしろ、孤立した立場ってのは何よりもおそろしい。 だけどしょせん世の中の連中が騒いでる孤独の定義ってのがそもそも孤独のうちに入らないものだから笑っちゃうわけです。そーいう奴見てると心が和むね。おめでたくて。 奴らが言う孤独について触れるなら、そりゃ誰だって孤独だわな。 みんなダイジョブ? ホントの孤独に直面したときそのショックだけで死なないようにね。 人に何かを求めるのはよせ。 このつかず離れずの微妙な距離感が僕は好きだったりするんだけど、こんな閉鎖的な考え方もここまでくるとポジティブに見えてくるな。 でも多分俺の言ってることって間違ってるんだろうな。 漠然とそれだけはわかる。 じゃあ人にすがり続けることで自分は救われるか? とか考えるとやっぱり俺の考え以上に間違ってる気がする。 答えなんてない、それが世の中なのかもしれないな。 考えるだけ無駄無駄。 何も考えずに当たり前に生きること、 人間は最も貴重な権利を奪われた生き物なのかもね。 ある意味これも孤立してる。
[ 2005年11月12日
23:41 ]
【人間】
休息
やあ、久しぶり。元気してたかい。 今?平気平気。いいよ、どっかいく? なあ、最近あまり眠れなくてさ。 ちょっと話を聞いてくれないか。 ・・・・なんかキミも元気ないな。 どーしたんだよシケた顔して。 いいから先に話せって。 今何やってんの。 へぇ。大変だね。 だけど俺にもそんな時代があったぜ。 今は認めたくなくてもそういう経験て必ずあとで役立っちゃうからむかつくよな。 意識を10年先に飛ばしてみろ。 今抱えてる問題なんて小さく見えるさ。 俺? 俺の話はいいよ。 今全てが解決した。 話を聞かせてくれてありがとう。 ・・・何か飲むかい?
とりあえず書きたいことが無くても時間があるときは何かしら書くよ。 まーそんなわけでアレだ。 自分なりのポリシーを持ってても、自分と似た考えの人が目の前に現れた場合、自分を客観視するような状態になって、意外と自分と同じ考え方の人間って、あまりいいもんじゃなかったりするわけだ。 わからないよな人間て。 それは結局、自分で勝手に理想像を描いてそうなろうと努めるより、誰かのいいところを真似してそうなろうとするほうがいいのかもしれない。 その代わり、その姿は自分のものではなく、あくまで他人の真似事でしかないんだけどね。
[ 2005年11月09日
19:27 ]
【人間】
人の話を拒めない
自分の意思を持たないからね俺は。 セールスの電話とか来ても結局最後まで話とか聞いちゃうんですよ。 でもそんなの買う金が無いから、これは自分の意思に関係なく、理屈上購入が不可能ゆえに断らざるを得ないから今のところ変な買い物をしたことはないですが。 今僕がしてるお仕事は来店したお客さんと、ある契約を結ぶものなんですが、年寄りが身の上話始めちゃったりするんですわこれがまた。 僕も好きで聞いてるわけじゃないんだけどニコニコしながら楽しそうに話してるの見るともうダメ。無理やり商談に戻すなんて酷なこと僕には出来ないわけです。 聞き上手と言えば聞こえはいいけど。 そんで上の人からペースが遅いとか怒られたりするんですが、これは努力したところで出来る問題じゃないです。無理ですよコレは。 それとも仕事が板についてくると、そういうことが当たり前にできたり平気になったりしてくるのかな。 俺にとっちゃその方が立場上いいことなのかもしれないけど、そんな自分に何も感じなくなることを想像すると、どす黒い気分になる。 そんな時ふと、頭の中を「向き・不向き」っていう文字がかすめるわけだが。 そんな話を誰かにすると、「君みたいな人がお客には必要なんだと思うよ」みたいなことを言われたりするんだけど、そのためには職場にいる自分の立場を犠牲にし続けなくちゃいけなくて、そんなことが続けられるほど俺も器の大きい人間じゃないわけだ。
似たような話を聞いたことがある。 俺の身の回りに介護に携わる人間がいるんだけど、要介護者のために働きたい、喜ばれたい、っていう希望に溢れて入社したら結局介護の業界も企業なわけだからどうしても金儲け優先にならざるをえないみたいでね。 それ自体は悪いことでもなくしょうがないことなのかもしれないけど、あまりの忙しさに冷徹になっている先輩に愕然としたりするらしい。 自分の仕事がありすぎて、おじーちゃんおばーちゃんたちの話をゆっくり聞いて上げられなかったりないがしろにせざるをえなかったり、そーいうことが日常的にあるそうだ。 仕事を仕事と割り切って働いてる姿にはある種、醜さみたいなものがあって、将来は自分もああなるんだろうか、っていう不安にかられたりするみたいだね。 そして極めつけは「ああいう風にだけはならないようにしよう」って誓うものの、忙しい日々に追われ続けることで、気がついたらかつて自分が最も軽蔑していた姿に自分がなっていたりして、さらにそこで自己嫌悪に陥るそうだ。 話を聞いていて思ったよ。 実は一見人のために役立ちそうな職場こそ現実とのギャップに苦しむのかもしれない。 ひたすら機械的にこなせる仕事、この方が仕事として割り切りやすいんじゃなかろうか。 人助けがしたいなら個人の主体性が活かせる場であるべきかもね。
自分の身近な人間がえらく自虐的になったり卑屈になってるのを見るとなんかこっちまでへこんだりしてさ。 その卑屈さに軽くむかっぱらが立ったりもして、叱咤激励するつもりがつい語気が強くなってよく後悔したりするんだけど。 でもやっぱ、自信に満ち溢れろとまでは言わないけど自分のいいところはある程度は誇っていて欲しいし、少しでも笑ってるところを見ていたいってのが本音なんだよね。 でもそーいうことを考えているうちに俺はあることに気づくわけさ。 同じことを俺が言われたらグウの音も出ないな、と。 つまり俺も同じことやってんのにそれを棚に上げて自分にできないことを人に求めてるわけだ。このブログとか日記ブログを読み返すとよくわかる。 まー俺の場合はね、ただ意味もなく自分を傷つけたりしてるわけじゃないんだけど。 多分俺は満たされるのが怖いんだと思う。 自分に満足したら全てが終わってそれ以上成長できなくなるんじゃないかと。 多くの心無い人を見てると、自分のことが見えなくなることがいかに恐ろしいことかっていうのが身にしみちゃってるんだろう。 自分の中に欠けている部分を無理やりにでも見つけてそれを自ら戒めることで自分は今、成長しようとしてるんだって自分を安心させたいんじゃないかな。 そんな自分に自己陶酔して満足してたら結局一緒なんだけどね。
これが果たしていいことなのかどうかはよくわかんないけど、仮に俺と同じ考え方で生きてる人がすぐそばにいたとしたら多分俺はイライラしてしょうがないだろうな。 つまり例え主観的に意義のあることでも客観的に見れば周りの人間に心配かけたり不安にさせたりするだけなのかもしれない。 成長しようとするのはいいことだけど、ただ自分を痛めつけているようにしか見えないふるまいは俺も控えた方がいいかもしれないな。 あれこれ考えすぎるより、元気でいることとか、楽しそうに笑ってみせることが何よりも周りの人たちへの貢献になるなら、少しは俺もそうなろうかな、って思えてくる。 だから君も笑っていて欲しい。
[ 2004年09月21日
03:33 ]
【人間】
叩き好き
あのさ。思うんだけど世の中の人間ってホントに他者のこと叩くの好きな。年金未払い問題とかぶっちゃけどーでもよかったよ、僕の場合。 まあ元々社会的なことに無関心だからそれはそれで問題ありなのかもしれないけどさ。ほんと世の中、誠心誠意尽くして、それが相手に伝わって、そういう誠意を見せられたら素直に相手を認めてあげられるような時代ってもう来ないのかね。来ないんだろうな。
叩き好きと言えば、雪印だとか三菱だとかの件についても、もうそういうことあったら(直接かかわりの無い人なんかは特に)大喜びでしょ。三菱の社員てだけで殺人者呼ばわりされてるのもいるって話を聞いたことあるよ。その人は「俺が人を殺したんだろうか」という錯覚に陥り今も苦しみ続けてるって言うじゃない。 そしてこの「JUGEM」のブログも、一時期ほんとどーしようもない時があったんですが、もういまだにユーザーの、JUGEMに対する悪口雑言は止まらない。 もう無能のレッテルを貼り付けちゃって、些細なことがあっただけで「これだからJUGEMは」ってな話になる。 かつての森総理の失言についても同様の感想を持ちましたよ。何か口にするたびに、ちょっとでも変な部分があったら「また失言」。マスコミは「許せん」みたいなこと言ってるわりには僕から見た限りではもう大喜び。ワイドショーでは同じセリフの部分を何度もリピート。重箱の隅つつきすぎ。 僕は森総理が有能だとは思ってないし肩を持つつもりもないですけど、実際に悪い部分だけを批判しろ、ってことですよ。もう森総理、ってだけで何言ってもダメ、みたいな部分が好きくなかった。あの勢いだと明らかにイチャモン級の批判でしょ。 なんなんだろうな、一体。 どっかの巨大掲示板でどこかのサイトをさらし者にしてる人らも、なんかもう、「それってもはや馬鹿にする要素じゃないだろ」っていうので大喜びしてるしね。 ジャンプコミックスのろくでなしブルースで、やられキャラの小兵次ってのがいて、他の生徒が小兵次を指差して「あははは、歩いてる歩いてる」と言うのに対して、 「歩くわぃ!」と小兵次がキレてるシーンがあったけど、それを彷彿とさせるね。もう、一度でも目ぇつけられたら何やっても叩かれる。 上司が部下を叱責するときもその傾向が見られるよね。Aのことに対して叱責していたはずが、そのAに関しての責任については叱責してる上司でさえもそこまで重大に考えてなかったとしても、しかりつけてるうちにもう自己暗示入っちゃって、「こいつはしょーもないことをやらかしてくれた!」っていう意識的なものが本来あるべきものよりも肥大化してしまったり。そこから、意図的でないにしても上から何かを強く言うことで自分が責任をまっとうしているという現状に陶酔してしまう。 でもそんなのは、怒られるのが俺じゃないにしても、実に醜いっていうかさ。いや・・醜いとかさげすんだ目で見たり批判するというよりも、ただひどく悲しいと感じてしまう。 何なんだろうな、ほんとに。 いただいたコメント↓ >どっかの巨大掲示板でどこかのサイトをさらし者にしてる人らも、なんかもう、「それってもはや馬鹿にする要素じゃないだろ」っていうので大喜びしてるしね。
晒されている人が遊びに来ました(爆
最初は腹が立ってましたが、だんだん彼らの「脳内想像えっけん」がおかしくて楽しんでいます。 | えっけん | 2004/09/22 11:10 PM |
あ。ども。最近あんま見てないですけどどうですか調子は(笑)。 >「脳内想像えっけん」がおかしくて楽しんでいます。 内容的に「あること無いこと」というスタイルが巨大掲示板では定着してるのがわかってるので、はた目から見ててもなんだかな、って感じでした。僕の感想としては全然面白くなかったです(爆)。 あ、でも「おめーら何もわかってないな」みたいなこと言ってる人がどこかにいた気がしますが僕じゃないですよ、念のため(笑)。 | いっべー | 2004/09/23 7:16 AM |
[ 2004年09月04日
19:28 ]
【人間】
嫌悪感
以前に書いた雑記で「 ポイ捨て」っていうのがありました。 僕は「嫌い」という言葉をあまり使わない。 もしそういうニュアンスのものがあっても「好きじゃない」という言葉を使うのですが、ポイ捨てに限っては例外だ!というようなお話をここでしたのですが、似たようなことを書き綴ってるお方をたまたま発見。
大石まゆみさん oec blog:嫌!嫌い!大嫌い!あ、似た考え方の人がいるーって思いました。それだけですけど(笑)。 「大嫌い!」って言うのが疲れる ↑これほんと同感です。 ま、大石さんは 自分にとって何が「嫌」なのかを人に話すのは、すごく不利な気がする。バレたらやられちゃうじゃんなぁ とも書いていて、僕はここまで警戒はしてないんですけどね(笑)。 単にいきりったってギャアギャア言うのって、ストレス発散のつもりが逆にストレスたまりそうな気がするんですよ。あと嫌悪をあらわにする必然性があるケースがあまりない。自分は少なくとも好きではないことさえ伝わればじゅうぶんなケースがほとんどなんですよね。 ま、気性がおだやかな人、とかいい意味でとられやすいかもしれないけど、やはり「疲れる」「無気力・無関心」が主な原因だったりする。 でも雑記「ポイ捨て」では「嫌い」連呼しまくりでしたが(笑)。
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