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[ 2006年04月22日 04:25 ]
時代・世代前職とかでも後輩に教えたりするのは嫌いじゃなかったから。 

汁でもすすって元気出せよこのへんの日記にも書いてるけど、新卒が入社して今、色々教えてあげてます。

(俺が今の仕事で下の人にモノ教えてるってこと自体未だに信じらんねーけど)

さてさて、なんだか新人さんに気に入られてますよ僕。

僕のことを優しいと、僕がいないところで言っていたらしいです。
わかんないことあると、「いっべさ~ん♪」とか言いながらやってくるわけです。

ああ、僕も学生同士とかなら「えへへ」と言ったところですが、なんか職場ってなると全然違うよねやっぱ。

無理も無いと言えばそうなんだけど、彼女を見ててどっか学生気分が抜けてないっつーか、緊張感がまるで感じられないです。

まーなー、まだ若いからなー。
っていうような年でもないけど俺も。

とにかく最初はそーいうもんなのかもしれないな、と思うようにしてます。
俺もあの子ぐらいの年の時って人生ナメてた節があったしね。
社会経験が無いっていうのも大きいかもしれない。

そう思うと最初はこんな感じから始まって、やがて経験をつんでいくうちに成長していくもんなのかもしれない、とか。

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[ 2006年02月18日 21:53 ]
時代・世代あの頃を覚えているか【日常編】 

前回に引き続き、昔を懐かしむシリーズ第二段(というか前にも似たこと書いてるかもしれないけど)

ケータイが普及する前はポケベルが大流行。

今では減少している公衆電話の前には女子高生の行列ができ、ゲーセンにはポケベルの早打ちゲームもあった。

それ以上昔は当然ポケベルも無い。
初めて女の子の家に電話をするときは家の人が出たらどうしようと受話器を持つ手に汗がにじんだり、今の子供はそんな経験も無いんだろう。

自宅の電話も親機・子機の区別もなく一家に一台のみ。

家族がいるところで電話をかけるときは会話を聞かれやしないかとドキドキしたり。

その電話は黒いダイヤル式のもので、なぜか今とかではなく設置されているのは廊下とか玄関。

あと電話やドアノブとかティッシュにフリルのカバーみたいなのついてなかったっけ。
あれって流行だったんだろうか。

テレビも今では各自室に一台が当たり前。
昔は居間に一台しかなく、父親の野球中継と子供のテレビアニメで、お互いCMに入った一瞬の隙を突いてそれぞれが見たい番組を見たりした。

TVゲームは1日1時間という掟。
この掟は昔から守られることはなかったけど、今ではこんな掟自体存在しないんじゃないだろうか。

なぜなら今は親がファミコンで育った世代だ。


[ 2006年01月26日 02:40 ]
時代・世代あの頃を覚えているか【学校編】 

たまたま中学生のブログにたどり着き、3分ぐらい読んでた。

なんか男子便とか女子便とか懐かしい単語が並んでていとをかし。

そうだよな、俺にもこーいう世界にいた時代があったんだよな、とか懐かしんでみた。

最初から今の年だったわけじゃないんだよ俺も。

小学校では赤白帽子を縦にかぶってウルトラマンとかやってたし、それだけで面白かったんだ。
仲のいい奴もいればむかつく奴もいた。

中学では昼休みは校舎の中でおにごっこ(と、定規戦)。

部活もやってたし(美術部だけど)、授業開始のチャイムが鳴ってもセンセイが来ないときはこのまま永遠に来ないでくれとか願ったり、家庭科が嫌いな俺は自ら進んで皿洗いと後片付け係りを買って出て、料理は他の連中に任せたりして、出来上がったうどんが小麦粉状態のバサバサでクソまずい状態で文句言えなかったりね。

牛乳当番はじゃんけんで決めるんだけど毎回負けて結局毎日俺がやるハメになってこれじゃ当番じゃねーよ、とか言ってたり、眠っていた記憶が次々蘇ってきた。

避難訓練とか予防接種とか健康診断とか、とにかく授業が何かでつぶれることが嬉しくてしょうがなかった。

今となってはいい思い出だ。


[ 2005年09月16日 00:00 ]
時代・世代文明の弊害 

例えばだ。
ケータイが普及しただろ。

電話番号とか覚えなくなっただろ。
待ち合わせ場所とか決めなくなっただろ。
行き当たりばったりで何かあったらケータイで連絡とるだろ。
連絡とれちゃうから時間とかにルーズになるだろ。
何かあったら情報は全部ケータイに入ってるだろ。


[ 2005年06月23日 13:50 ]
時代・世代ジェネレーションギャップ4 

こないだ早朝のバイトしてたらなんか体じゅうつぎはぎだらけのブリキのおもちゃみたいなおじいさんが買い物に来て、胃袋とっちゃったから歩いてるとバランス悪くて片方に体が傾いちゃうだとか、自分は糖尿病歴が長くて、前から後ろから同じものが両方出ちゃうだの、なんか糖尿病にまつわる症状のすげぇ痛々しい鬱な話を山盛りで聞かされました。


[ 2005年06月16日 23:24 ]
時代・世代発明 

世界初の折り曲げ可能な時計とかさあ。

別に折り曲げなくたっていいじゃんとか思うんだけど、そーいう僕は全てにおいて進化し続けようとする人類の異端児なんですかね。

人類失格ですか。

まぁ、こーいうことが出来るようになったことでこの先色々なことに応用して画期的な発明がされたりするわけだから、この際実用性とかは関係ないんだろうけどな。

時計が折り曲がることが凄いんじゃなくて、「今まで出来なかったことが出来るようになった」っていうのが多分この業界の人たちにとっては重要なんだろうけど、果たしてこれが転じたところで何の役に立つのやら。

そーいや折り曲げ出来る時計なら漫画の中でならすでにあったな。

しかもアナログで。

ジョジョの奇妙な冒険第5部、トリッシュのスタンド、「スパイス・ガール」。

彼女の能力で時計をやわらかくして、決して壊れることのない時計を作り、その秒針よりもスローな動きでノートリアスB・I・Gを倒してた。

【ランキング】あ、ごめん、マニアックな話で。


[ 2005年06月13日 18:00 ]
時代・世代ジェネレーションギャップ3 

そういえば先日おばーちゃんがうちに遊びに来たとき、ペットボトルのお茶に口をつけてラッパ飲みすることをどうしても拒んで、必ずコップに空けたがったり、ストローを使って飲みたがるのね。

何でかなーって思ったら、昔の人ってのはラッパ飲みなんてあまりにもはしたない行為で、やっぱりどうしても抵抗があるんだってね。

言われてみれば「ああなるほど」と思うんだけど、言われてからなるほどとか思うあたりがそもそもヤバイことなんだよね。

まぁお年寄りと身近に接する機会がある人は周知のことかもしれないけど、おばあちゃん東北だから僕は滅多におばあちゃんと接する機会がなくてね。


[ 2005年06月12日 17:27 ]
時代・世代今の年寄り、今後の年寄り 

今の年よりはまだ戦争の経験があったり、食べ物や私生活もまともに送ることが困難だった人がいるけど、やがてそういう経験のある年寄りがいなくなるんだよね。

そうなると、年をとることで若かった時代に比べれば感性も確かに年寄りっぽく変わってくるだろうけど、ただ「じじくさい、ばばくさい」というだけにすぎず、今とこれからの高齢者ってのは明らかに違ってくるよな。

物のありがたみを当然のごとく生きてきた僕たちの世代が高齢者になったとき、若い世代をたしなめたりすることも少なくなるだろうし、高齢者じゃなくても親になった時点ですでに子供に贅沢させ続ける生活が続くと思う。

ファミレスやファーストフードっていうのが僕たちが小さい頃は親戚が集まったときとか誕生日なり何なり、何かのイベントの時しかいかなかったけど今や日常的に家族連れをレストランで見かける。

それは時を経ればさらに輪をかけたものとなり、あらゆるものが「当たり前化」する。

そういう感覚の麻痺が今後、いかなる弊害を生み出すかなんて想像もつかないけど、なんかちょっと怖いな。


[ 2005年05月22日 07:06 ]
時代・世代ジェネレーションギャップ2 

昨日夜勤に僕が出勤したとき、最近入ったらしい新人の女の子が入ってました。

彼女は何かと僕に気をつかってくれてるようで、

「ぶ、豚串、廃棄処分にしたんですけど、食べますか?」
とかいきなり聞かれたのね。

まあ、期限の切れた食い物を店員が食うのは日常茶飯事なんですけどね。気が向かなかった(というかダイエット中なので)ここは

「冷めると固くなるし、俺はいいよ」と断りしました。

ところが向こうの食いつき方がすごい。

「でもまたあっためればいいですよ」
「えっ、マジで?別にそこまでして豚串食べたいとは思な・・」
「残しておきますよ。」
「あ、いや、だから俺は別に」
「あとで食べてくださーい」
「ど・・・どうもありがとう_| ̄|○」

こう言っちゃ何だけど、結構地味なカオしてるんですよ。まあ僕は好意は好意として受け止めるタイプなので別に迷惑とか思わないんですが、ただ単純に僕の思考とのあまりの違いにとても驚いた。
よくそこまで強く押せるなってひたすら(゚Д゚)ポカーンというか。


[ 2005年05月19日 13:40 ]
時代・世代ジェネレーションギャップ 

「全く近頃の若いもんは・・・」っていうセリフは今や決まり文句になってますけどね。

こういうようなことを最初に言い始めたのはいつ頃か。

実は歴史時代のはじまりであるエジプトの碑文からさえこの言葉が解読されているらしい。

つまりその頃から「近頃の若いものは」「近頃の若いものは」と歴史上繰り返され、古い世代が常に若い世代に失望し続けていたとしたら、社会もそれと比例して衰退していくのが筋ってもんです。

でもほんとに人間は世代が新しくなるごとに見下されていくほど愚かな道を歩んでいったのかというと、事実がそうとは限らない。

「まったく、大人は子供のことをわかっちゃいない」
「大人は薄汚い」

という若い世代の声もあるわけですよ。

ほんとに若い世代が古い世代に失望していたとしたら、社会は若い世代によって歴史上改善され続けていなくちゃおかしい。

古い世代と新しい世代。
言ってることが正しいのはどっちか。

なんでこんな矛盾が生じてしまうか。言うまでもなく物事を客観的に見る視点を失って自分中心になってるからだろうな。

大人と子供は別の生き物ではないけど、それぞれ自分がいずれ大人になることや、自分がかつて子供だった頃のことを忘れてしまう。














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