「ご注文は以上でよろしかったですか?」
なぜ過去形なのか、いつからこんなことになったのかはわからないが、僕がこの言葉を初めて聞いたのは数年前北海道に旅行に行ったとき、コンビニだかファミレスだかファーストフード店だかで、非常に違和感を覚えた。
それが1年足らずで自分の住む身近な地域でもよく聞くようになったわけですが。
この意味のわからない過去形は僕の会社では使うなと言われてて、僕も賛成です。
だけど、お会計の金額を声に出して言うとき、
「〜〜〜円になります」
というのもダメだ、と言われてるんですが、僕はこれは別にいいんじゃないかと思うのね。
ただし金額に限った話。
例えば、ファミレスで
「こちら、ハンバーグになります」
というのは僕もよろしくないと思うわけ。
だって今からここにあるひき肉をコネコネしてハンバーグを作りまっせ、っていうんなら話は別ですが、目の前に差し出されたソレはもうハンバーグになってるんですもの。
だからこれは僕の中ではNGなんだけど、
金額に関しては「成り」じゃなくて「也」じゃないのかね。
この「なり」の意味は、形を変えて何かに「成る」わけじゃないんだよきっと。
ホラ、そろばんとかでよく言ってんじゃん。
「〜〜〜円ナリ〜、〜〜〜円ナリ〜」って。
つまり金額を伝えるときの「ナリ」はまた別の意味から由来してるんじゃないかと。
そうなると「○○円になります」はOKじゃないか?
だけど今、広辞苑で調べたら「也」について載ってないのね。
パソコンの変換では出るのに。
誰かこのへん、正しい日本語なのかそうじゃないのかを教えてください(と、T君に視線を注ぐ)。
バカの一つ覚えみたいに書いちゃうけど、昔は
「全然」ていう言葉は、語尾に否定の言葉を伴うのが自然とされ、一般的には「全然〜〜ない」という形式でしか使われてなかったから、「全然いいよ」「全然大丈夫」というのもおかしな言葉とされていた。
ところが最近は辞書にも肯定的な意味でも使われる例や、「非常に」と近いニュアンスにあることがちゃんと記載されるようになったのね。
言葉ってのは常に成長と進化を続ける。
俗っぽいものだろうが、元の意味から転じたものであろうが、昔と全く同じままでありつづけるものの方が少ないわけだから言葉もしかりだ。
だから一概に「それは間違った日本語だ」と決め付けて保守的でがんじがらめなものに仕立て上げようとするんじゃなくて、「本当に間違ってるのか?」ってあたりをはっきりさせたいね。
「・・・・という噂を小耳に挟んでさ。」
みたいなこと言ったらおかんが俺のカオの横を覗き込んで
「えっ、どれどれ、あ、ほんとだ」
とか言って、不覚にも笑っちゃいました。
慣用表現にせよ、考えてみたら変な言い方だよね。
何で「挟む」って言うんだろ。
報告や知らせは「耳に入る」って言うのに。
まあ、入れるほどの情報じゃなくてちょいとそこらに挟んでおく程度ってことかもしれないけど、思わず噂が耳に挟まってるところを想像するとちょっと面白かった。
日記にも書いたんだけど、
nameと名前って意味だけじゃなく、聞こえも似てるよね。
nameが名前の由来なんてことない?
で、もうひとつ気がついたこと。
「設定」って言葉にINGをつけて動名詞化すると
設定ING
▼
セッテイング
▼
セッティング!
しかもセッティングする、と、設定する、ってなんか意味も近い。
これははたまた偶然なのであろうか!
実は他にも色々思いついたのがあったんだけど忘れたので思い出したらまた書く。

今朝、首を寝違えて、痛みが尋常じゃないです。
いつだかオリンピックの北島何がしとやらのモノマネで首をゴキンゴキンってやったら痛めたことあるけど、あの時に匹敵する。
ラーメンが食えなかった。
(←これは今日撮ったラーメンじゃないので食べれましたが)
食おうと思って首を前に突き出そうとすると痛いので、突き出さないで食べようとするとゲレゲレゲレーってなる。
普通に座ってても痛いので、横になってるしか無い。
横になっても、本を読む姿勢とかも取れないので何も出来ないし、一度横になると両手で耳のところをガッって持って頭を持つような感じにしてからじゃないと起き上がれないです。
階段を下りるたびに頭の重みが首に負担となって襲い掛かるし、さっきはくしゃみをしたときにその衝撃で死に掛けました。
こう考えると人の体ってのはよく出来てるっつーか、健康な状態ってのはほんとにとんでもなく素晴らしいことなんだな、って思う。
普段なんでもないことが、たった一つの不具合で何も出来なくなる。
よく指を怪我したときも、何かをするたびに痛んだりして、普段は全然意識してないのに、普段、いかにその指がよく使われているかってことに気づかされて、たった一本の指の存在にありがたみを感じたりとか。
つい「いつもお疲れ、俺の指」とか言いたくなる。
見えないくらいすんげー小さなトゲが刺さったときも、見た目は全然大したことないのに結構鈍い痛みがズキズキと続いたりして、あれっぽっちのことでこのザマということは、体のどこにも何も異常が無い状態で漫画読んだり外に出かけたりできるのって実は奇跡に近いことなんじゃなかろーか。
例えば口に入れた食べ物を飲み込んだり、息を吸って吐くっていうだけの動作でも、人体の無数の機能の全てが正常に働いてこそなせるわざなんだよな。
つーことは同時に僕たちの身の回りにはそれだけ健康を損なうことになる要素と隣り合わせになっていることでもあって、なんかこーいうのを認識するのは大事だとしても、意識するとちょっと怖くなったりしてな。
アンインストールって言葉が好きじゃない。
インストールの逆ならアウトストールでもよさそうなもんだ。
でもコレはあれか。
イン+ストールっていう熟語じゃなくて、それ自体がインストールって意味を持つ単語だからかもしれないけど語源を探ればインの意味はinから来てるだろうしさ。
インにさらに反意語つけたり重複させまくるのがアリなら、
例えば巨人ファンは「反・アンチ巨人ファン」とか、そんな感じになっちゃう。
あれー?
俺、何年か前に、女の子は物を見れば何でもかわいい、かわいいって言って、それはかわいいのとは違うんじゃないか、もっと別のボキャブラリーを身につけたらどうか、みたいなコラム書かなかったっけ?
いや、検索しても出てこないし、ブログ始める前に書いたものかなと思ってローカルフォルダも調べたけど見つからなかった。
ぬいぐるみとかなら「かわいい」のはわかるけど、コーヒーカップとかそーいうのを見ても「かわいい」ってのは僕は理解できないのね。
犬でも石ころでも全部「かわいい」。
なんかうんことか見ても「かわいい」とか言い出しそうじゃないすか、今の女性がたは。
形容詞がたった一つに統一されるなんてありえないけど、3つぐらいには絞られそうじゃないすか?
プラスイメージはかわいい、マイナスイメージはうざい、中性の形容詞は「微妙な」。
形容詞はこの3つだけで事足りるってどうなのよ、みなの衆。
迷ったら「びみょう」96% 文化庁の日本語世論調査↑
こんな記事みっけ。
微妙・・・か。「かわいい」を批判はしたけど、微妙は俺も使うね(なにぃ)。
でも「微妙」は
「びみょうは価値判断を避ける若者言葉だが、何とも言い表しようがないという本来の意味と近いため
と記事でも言ってるし。うん(<正当化した)。
日本語って、近い意味でも多くの言い回しが存在して、語彙力によってはその表現方法は無限と言ってもいい。
「これはペンです」
「これ?ペン」
「こりゃペンだ」
「これペンだぜ!U゚∀゚Uアヒャ!!」
「これはペンなのだー」
いや、こんなのは語彙力があるとは言えないが。
例えだよ例え。
でも、目の前にあるのがペンだっていうことを示す表現方法は、
「This is a pen」みたいに、いずれそれでしか表現できなくなる時代が来るかもしれない、なんてこの記事読んで思った(↑のリンク先)。
全部統一されちゃって。
漠然と「かわいい」「微妙」「やばい」だけで事足りればそうなることもありえない話じゃないです(<ありえないです・爆)。
フランス語の男性名詞とか女性名詞とかって何のために区別すんのか知らないけど、その区別が無くなったらフランス語は大革命ですよ。
フランス革命ですよ(違)。
日本語の形容詞が減少するのも冷静に考えるとそのぐらいとんでもないことなんじゃないのか、実は。
【ランキング】まぁ、意思をそのままの情報で伝達できる手段が出来れば言葉なんて日常生活に不要ではあるが。しかし文化だ。
先日病院に行ってきました(
その日の日記はこちら)
もーメチャクチャ待たされて、持参した小説も1冊読み終えてしまいました。僕読むの遅い人なのに。
そんでボーっとしてたら色んなことが頭に浮かんできて結局そのおかげで時間をつぶせたんですが。
ずーっと座ってるとなんか体が痛くなってきてむしろ体を動かしたくなってくる。でも立ってても疲れる。
つまり歩いてよーが座ってよーが結局二足歩行の動物ってどんな体勢でいようとも不自然なんだよね。
やっぱり本来動物は4つ足で歩くべきなんだと俺は悟ったよ。
生き物の体っていうのはつねに重力の影響を受け、その支配から逃れるべく色んな体勢をとったりするけど、重力の支配から逃れることが最も不手際でその負担が減らないなのは二足歩行が日常化している人間なんだと俺は思うよ。
あと時々立ち上がるレッサーパンd人間てなんで二本の足で歩くのかな。
まぁ、そりゃ道具を使うからだろうな。
だけど一度こんな風に進化したけど、日常や食生活の変化で、腰痛だとかその他色んな病気も蔓延しつつあるわけだ。
で、僕は思ったわけ。
それがどんどんエスカレートし、多くの病に人間の体が対応・耐久しきれなくなった時、人間がまた4つ足で歩く時代が来るのではないかと!ドドーン!(<効果音
しかし問題は、4つ足で歩くようになれば道具が使えない。
天津飯の四妖拳みたいに腕が2本増えれば別だけどそんな進化は何億年経ってもありえないだろう。
だったら。手で道具を使う必要が無くなればどうか?
つまりボタン一つで何でもできてしまう時代の到来。
文明は頂点を極め、そのレベルはついに神の域に達するが、あまりにも高度な文明が生み出した弊害は人間の身体の脆弱化だった。
そこで、すでに手を使う必要も無くなった人間は4つ足歩行を再び始め、重力の支配から少しでも逃れようと生活形態が変化し、文明こそ極みであれど、その住人は今の我々が呼ぶところの北京原人と大差ない風貌へと逆戻り。
あ、北京原人はもう二本足で歩いてたっけ。まぁいいや。
その後、手が使えなくなって多くの機器の製造・修理などはどうするのかというと全て人工知能を備えた機械ですよ。
人々は心置きなく4つ足で・・・
これは退化による進化であり、僕はこの仮説をこう名づけた。
「猿の惑星大予言」・・・と!!
500年や1000年じゃありえないだろうけど、数億年の時を隔てればわからないぞこれは。
つかこれ、病院の待合室で勝手に妄想したことで、今、得意げにこんなこと書いてるんだけど、結構似たようなこと考えてる人たくさんいたら恥ずかしいな。
まぁ、いるだろうな。
結構ほんとにそんな仮説がすでに存在してたら流してください。
無いか。
【ランキング】そもそも猿の惑星って映画観てないし。
女心、男心はわかるが
乙女心の反対はなんつーんだろうなーみたいなことを大昔に書いた覚えがあるけど。
反対の言葉に対する新たな疑問。
命が危ないときは「命に関わる」というが、安全なときは「命には関わらない」とは言わない。
安全なときは「命に別状は無い」というけど、危険なときに「命に別状がある」とは言わない。
・・・・・なーぜー(<まさかのミステリー風に)
【ランキング】世の中わからないことばかり
■総合雑記
┗【似非学問】もくじ★
何が何を修飾するか 2★
何が何を修飾するか 3★
「に」★
越したことない★
わかってるのに/読み方わかってるのに違う読み方しちゃうことってない?
★
人一倍/人の一倍じゃ人並みじゃん。
★
なんでこー言うの/由来を聞かれるとわからない日本語ってたくさんある。
「クチから出まかせ言うな」って言うけど、じゃあどこから出まかせ言えばいいのかと。問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
・・・とか書こうと思ったんだけど、書いてるうちに
もしかして頭で考えないで口先だけでモノ言うからか、ということに気づいたのでもういいや。
【ランキング】一人相撲
店員の「〜になります」というのは、「也」ではなくてbecomeの意味の「成る」でしょう。ぼくの考えるところは、ほぼ以下の↓ページと同じです。
http://www.geocities.jp/quigon_masterjedi/narimasu.html
つまり、「〜になります。」というのは、直接的な表現を避けているだけであまり意味はない。「ご連絡のほうお願い致します」の「〜のほう」と同じ。しかし、上記のページにあるように、ハンバーグを手に持って来たウェイターが「ハンバーグになります」と言うのは、「アンタが私にした注文の結果がこのハンバーグになるんです(だから文句言うな)」という意味にもとれる。つまり「私が注文したのはこれじゃない」とか「私はハンバーグといいつつ『ハンバーガー』を意味したんだ!責任者呼んで来〜い!」などと言われるのを避ける感じ。まあ、文句言う人は言うだろうけどね。
「正しい日本語」と「正しくない日本語」の境界線をどこに引くかは人によって違う。ある程度の規範も、世代間や地域間のコミュニケーションのために必要だと思う。でも、「これが規範なのです!」という保守的なガンジガラメの考え方は、「言葉はたえず変化するもの」という言語の本質を無視した考え方だと思う。一生「いとをかし」って言ってろ!と。一生、「『あたらしい』は『新たしい』の言い間違いがもとで定着した。だからオレは『あらたしい』でつきとおす!」とねばってろと。