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[ 2004年07月28日 19:11 ]
生死昨日お返事 

こちらの記事

>リナパパさん&ranさんへのレス。
長いので新たに記事をば。

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[ 2004年07月27日 21:34 ]
生死意義あり!明らかに矛盾しています! 

タイトルとは裏腹に真面目ネタです。

数ヶ月前の日記を欠かさず読んでくださった方の中には「どうやらいっべー氏には障害を負った身内がいるらしい」ということは薄々感づいてる人もいるかもしれません。

しかしそれがどう言ったものなのかを具体的にネットで公開したことはないので詳細を知る人はいないと思いますが、弟は進行性の筋ジストロフィー症という病気です。体が栄養を吸収することができず、筋肉はどんどん萎縮していき、生後、時間が経つにつれ歩行が困難になり、やがては車椅子による生活を余儀なくされ、しまいには寝返りを一人で打つこともできず、動くのは指先だけとなり、寿命は二十歳前後に限られるケースも少なくないと言われています。

それでも弟はこの病気を受け入れ、障害を持っているからこそ経験できることもある、と、あらゆることに前向きに取り組み、家族も寝食をいとわず次男のために全力を尽くして介護生活をしてきました。

俺たち家族がいままでどんな時間のすごし方をしてきたか、その歴史を人に理解してもらうことは決してできないとさえ確信しています。

そんな弟が心無い人々に虐待に遭い、恐怖のあまりに精神錯乱状態に陥ったのが去年の夏。恐怖とショックのあまり、目はうつろ、幻覚・幻聴の症状、人間に対し極度の不信感を抱き、家族でさえ、ちょっとした動作にも敏感になり、我々家族は以前のように言葉を選ばずに冗談を言い合い、ケンカをしては仲直りをするというごく普通の生活は皆無となりました。

おかしくなるのではないかというほどに神経をすりへらし、発言には言葉を選び、慎重に、慎重に心のケアをしながらすごしながら約1年。

社会的に弱い立場にある障害者への虐待、体が身動きとれず、身をかばうこともできない状態で生命の危機にさらされるほどの仕打ちを受けたとして、何とか加害者に償いをしてもらいたい。この1年、俺が1日も欠かさずに願い続けてきたことです(最近の日記がフヌケで、「ウツだぁ、ウツだぁ」と繰り返していた原因は言うまでもなくコレです)。

しかしそれにはいくつもの問題が立ちはだかり、1年経過し、本日、ようやく弁護士さんに相談に乗ってもらうことができました。

それでも毎日馬鹿みたいな日記を書き続けてきたのは、それがこんな状況で俺に唯一与えられた現実逃避の手段だったと言えます。ユーモアは身を助く、というのには意味がちょっと違いますが。家族で通常の日常会話も難しくなり、一時の息抜きとして馬鹿なことでも言ってないとやってられませんでした。それでもどうしても暗い気分が日記に表れてしまうことがここ1年たまにあったわけですが。

そして、こういう苛立ちがつい、掲示板等のコメント欄に表れてしまい、人に不快な思いをさせてしまったこともありました。この場を借りてお詫びしたいと思いますが、しかし俺自身も正直いっぱいいっぱいでした。

1年経った今も俺は内臓に硫酸を振り掛けられるような思いでいますが、こういう時に感情的になったらこちらの負けだというのはよく承知しています。加害者を顔面もみじおろしの刑にしてやりたいながらも、しかるべき処分を下せるのであれば、そのためなら冷静にでも何にでもなろうとぐっとこらえ続けてきました。

しかし弁護士先生もさすがです。「ここらへんをどうするかが具体的じゃない気がするなあ」と我ながら懸念していた部分をズバリ指摘して来ました。「あ、やっぱそうですか」てな気分です。そしてここで敢えて加害者に責任追及をするとなると、被害者である弟本人の証言も不可欠となり、そうなると(健全な精神を喪失するほどの)惨事を何度も何度も証言するとなると周囲の一年がかりの精神のケアも無になりかねないフラッシュバックの可能性や弟本人の精神面の危険も危惧されることから、そう簡単に法的手段をとるわけにもいかない。

もはやこれは弟だけの問題ではなく、家族の心労などもあり、人生の教訓として得る代価としてはあまりにも大きすぎますが、こういうとき、家族の「思い」なんていうものは本当に無力なのだな、と思い知らされました。そのぐらいのことはわかっていましたが実際に味わうものとはやはり違います。

夫婦が離婚するときに慰謝料がどうとかと騒ぐのをよく聞きますが、彼らは離婚したって通常の毎日を送ることができる。俺たちはごくふつうの日常生活ができるかどうかの本当の意味での瀬戸際なのに、本当につらい思いをした人間が救われることができないとは、なんて皮肉なのだろう。離婚うんぬんで慰謝料関係で大騒ぎしなくても、お前たちには自由に動くその手足があるじゃないか、と言いたくなる。

俺は別に、慰謝料がほしいと言っているわけじゃない。あんな加害者どもから金を巻き上げたたとしても、俺たちはそんな金は使いたくもない。ただ、弟のためにあんなにも努力してきた日々が全て否定されたままでは報われないから、慰謝料なんかじゃなくても何らかの制裁を受けてほしいのであって、それは今後、同じような被害者を出さないためにもつながるんです。

しかし勝負は思ったより早くつきそうです。悪い方向に。

相談に与えられた時間は25分。何て短いのだろうと思ったけど、いざ応接室で席についたときは全身の筋肉が硬直し、口の中はカラカラに乾き、側頭部に痺れさえ感じ、なんだかよくわからない感覚に包まれました。時間も長かったのか短かったのかよくわからない。

頭は混乱し、俺の趣味でお気に入りのゲーム、逆転裁判の弁護士バッジの本物を、まさかこんな形で目の当たりにすることになろうとは1年前は予想もつかなかったな、とか、関係ないことまで考えてしまいました。

さて、俺が弟の障害についてちらほらと日記などで触れるようになったのは1年ちょっと前くらいです。3年以上も前からホームページという自己表現の場を持ちながら、どうしてそのことに触れなかったかというと、障害を持ちながらも一生懸命に生きようとしている弟を目の前に、俺が一人で「弟が障害を持っていて、今日はこんな介護で大変だった、弟にこんなことがあった」というのは、その弟の努力を無にしてしまう行為のような気がしたのかもしれません。

そしてこういうことを日常的に語ることによって、そのことに順応しすぎると、もし俺自身に何かがあったときに、「自分は特別な環境で育った人間だから仕方がない」と、弟の病気のせいにしてしまうことも怖かったというのもあります。

障害を負っている本人だけじゃなく、親・兄弟も独特の苦労をしていることは事実ですが、当事者が前を向いているのに兄である俺が後ろを向くのが何となくいやだった。

そしてそういう介護生活を記すことは、人々に同情の目を請うような気がして、それも嫌だったんだと思います。「重い障害を負ってて大変だね」「頑張ってくださいね」そういう声を俺は聞きたくなかった。

障害を苦と考えない弟の考え方に俺も便乗するように極力努めてきました。障害を負うことはそもそもかわいそうなことじゃない。頑張ってくださいね、と言われても俺たちは介護を日常の当たり前の生活リズムに取り入れて毎日を過ごすだけだ。

俺たちは、障害を負うことを、あるいは身内に障害者を持つ生活を、「あたりまえの状態」として受け入れたかった。哀れむような目で見られるのがいやで、少しでも普通の人たちに近い感覚で毎日を過ごしたかったんです。

だから、必要なときを除いて、弟の障害のことについてあまり詳しく人に話すこともありませんでした。

しかし今回の事件で「障害を持つことは不幸だ」という考えが俺の頭の中から拭い去れなくなってしまいました。決してそうじゃないのはわかっているのに、そう考えずにはいられない。この苦しみがいつまで続くかわからないけど、それでも俺たちは前に進むしかないんだ。

これからは、障害者に対する理解を少しでも多くの人に深めてもらうために、専用のサイトでも立ち上げてつづっていってみようかな、とも考えています。障害者の兄弟というのも非常に独特な立場で、こういう立場だからこそ経験できないことや、同じ立場にいる世の中の人たちの救いになれば、と思います。

何しろ自分は健康体だけに、通常とは違った環境で育つという苦労を強いられても障害者の兄弟というのもなかなか理解されにくい立場なのでそういう方面の理解を広めるのもよいかと思います。

が、やはり気は進みませんけどね。
大変なのは事実だけど、やはりそんな風に思われたくない。
当たり前のように皆と笑ったり怒ったり泣いたりできるのが一番いいんだ。


[ 2004年07月21日 21:42 ]
夢日記ラーメンのいっべーちゃん 

どこかに行こうとしてたんだけどどこだったか忘れた。
とにかく電車に乗ってたんですよ、スーツ着て。いや、スーツ姿でも就職活動とかそーいうわけでもなかった気がする。あんまり重要じゃない用事。

つぅか最近俺あまり電車に乗ってないのに前回に引き続きなんで電車に乗る夢を立て続けに見るのかなあ。

で、某駅に停車して、電車内から窓を通じて外を見るとホームに立ち食いラーメン屋が。

「ラーメンかあ。ちょっと食べて行きたいなあ。電車一本遅らせても大丈夫かなあ、間に合うかなあ。いや・・ダメっぽいな。うーん・・・まあ、ダメでもいいや(<ヲイ」

意を決して下車する。


[ 2004年07月16日 23:01 ]
夢日記お告げ 

ああいう夢を見た、こういう夢を見た、というような具体的な状況は一切覚えてない。

目が覚めたとき、

「チワワのような女を映し出せ」という言葉だけが頭の中に残ってた。

【ランキング】どーいう夢を見たんだ、俺は?


[ 2004年07月11日 12:03 ]
加工写真【加工写真】セリフでドン 

20050124181853.jpg


色々セリフを吐かせてみます。

20050124182001s.jpg20050124182058s.jpg
20050124182118s.jpg20050124182227s.jpg


↓「続きを読む」で↑のちっこいのも一括拡大表示




[ 2004年07月04日 19:40 ]
人間例えば何か一つ、今日起こった「嬉しいこと」を挙げるだけで、その人の人間性の豊かさははぐくまれていくと思うんだ 

ネットめぐりしてたらとあるサイトで、「いいことを書きませんか」みたいなスレがあった。

内容は、「今日は、すごく嫌いな人と暖かい雰囲気になれた。嬉しかった」とか「友達の誕生日祝いをしたら、予想以上に喜んでもらえた。いい気分」とか、かなり他愛のないことばかりなんですが、だからこそ見てる側もちょっといい気分になれました。














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