槇原ってジャンルはさすがにアレだと思ったので「音楽」というカテゴリをブログに追加しました。
槇原敬之NEWアルバム
EXPLORER。ここ数日間聞いてますけど(・∀・)イイ!!
↑リンク先のレビュー見てくださいよ。ほとんどの人が星の数満点です。5個中4個の人もいるけどまあそれもよし。
オススメは「優しい歌が歌えない」「夏は憶えている」「Tag Team」「武士は食わねど高楊枝」「君の名前を呼んだ後に」・・・・っていうか全部。
槇原は家族とか命とか一見あたりまえにしか感じられないありがたみなどをテーマにした曲が多くて、そこらの色ボケネタばっかでうつつぬかしてるアーティストよりも、本当に大切なものが何かをわかってるって感じがするのですよ、うぇっへっへ(<ファン独特の偏った見解)。
最近、家族にも槇原ウィルスを撒き散らして洗脳しつつあるので、家族ぐるみで聞いてますぜ。
で、スモップが歌ってた「世界に一つだけの花」はなぜか好きじゃない、みたいなことを以前にも何度か書いたことがありますが、あれはこの槇原氏作曲なわけで。「まー言ってることは槇原っぽいけど、なんか好きじゃないな。なんでだろう」と思ってました。で、今回のアルバムの中にその曲が入ってたわけなんですね。
そして家族みんなそろって「やっぱ槇原が歌うといいね」「うん。やっぱり歌がうまいよね」と、槇原が歌った途端に「世界に一つだけの花」に目覚めてみたりしました(<ファン同士独特の偏った見解)
でも以前、槇原がテレビで言ってました。
「この曲は僕が歌ってもここまでヒットはしなかったはずです。スモップが歌ったから良かったんですよ」
・・・もうね。この謙虚さが違うね。
まー確かにこの曲を槇原とスモップが歌ったのでは差は歴然としていたのは認めます。ただ、僕は思うわけです。
別にこの曲とスモップの相性が良かったというより、どんな曲でもスモップが歌えばヒットする仕組みじゃないのかと。スモップファンが聞けばスモップが歌ったほうがいいのは当たり前。槇原ファンが聞けば槇原が歌ったほうがいいのが当たり前ってことです。そして最も音楽に関心のある若い世代の女性に圧倒的な支持を得ているスモップならファンの規模的に比較すれば明らかという罠。あはは。
というわけで僕は果たし状を送りつけます。スモップに。
スモップと槇原、両方に全く関心の無い人間(しかも「世界に一つだけの花?ナニソレ?」というぐらいの次元の人間)100人に両方の歌を聞かせてどっちが支持を多く得るか!受けて立つべし!!!(`・ω・´)
おかんが買い物に出かけて、ついでに某ファーストフード店でポテトとシェイクを買ってきてくれました。さらにこんなお土産話も持ってきてくれました。
上記の品を注文したところ、ポテトは出来上がるまで3分ほどかかりますがよろしいですか、とのこと。
それを承諾したら店員は、シェイクを差し出したそうです。ちなみにドライブスルーを利用。ここまでで何か疑問を感じる人、いますか。
俺にはどこかおかしいところがあったかわからなかったクチなんですが、おかんはここまで話すと「最近の若いのはわからん」と一言。
俺「・・・え。ナンデ?」
母「だってポテトが3分かかるっていうのになんで先にシェイク渡すの。溶けちゃうじゃん。だから『えっ、3分かかるんでしょ?ポテトと一緒にください』って言ってやったら『あ、じゃあ冷凍庫に入れておきます』だって。あきれたわ。よっぽど『ポテトと一緒に出来たてを下さい』って言ってやろうかと思ったけど勘弁してやった」
うわぁ・・・。俺、この手の客ってちょっと苦手だ・・(爆)。
まさか自分のおかんがソレ系だったとわ・・・。
自分の常識が世間の常識になっちゃってる系。俺はファーストフード店で働いたことがないのでわからないですけど、例えばコンビ二だったら、(別に濡れるものとか無いのに)雑誌と雑誌を同じ袋に入れていきなり怒られたことがあるんですが、そーいう複雑な事情があるならお客さんから言ってくれないとわからないでしょ。神様じゃないんだから。
俺はおかんに聞きましたよ。
「溶けちゃうって・・・ポテトが来るまでシェイク飲んでればいいじゃん・・・」
「あー・・・あーそうか、飲んで待ってるって発想はなかったわー」
・・・・おかしいのは最近の若い人じゃなくて年輩のおばちゃんのような気がするのですが、どうでしょう。ここらへんはやっぱり、無理だろうが店員が気を利かせるべきだったんですかね。
俺はね、「お客様は神様」という概念は好きです。
店員がそう認識する分にはね。でも客が自分を神様だと思って欲しくない。人と人とのコミュニケーション。お金払うんだから当たり前、じゃなくて、サービスしてもらったときはありがとう、と言える心のゆとりが欲しいんですよね。
これは、自分が仕事をしていて客に何か言われることで不快な思いをしたことがあるから言うんじゃなくて。同じ消費者側の立場でも同じことです。
だってさ、やっぱ見てられないよ。たまに飯食う店とかで目くじら立ててクレームつけてる人とか。せっかく来てるんだから楽しく食事すればいいのに、って思うでしょ、みんなも。
店員にだって失敗はあるさ。
そんな僕はコンビ二で中華まんを買って、中身が半分凍ってたとしてもシャリシャリと音を立てながら食べたりしてるさ。
いや、さすがにその場で気づけば「まだ凍ってましたよ」ぐらいは言うかもしれないけど、20メートルも戻って「凍ってたぞ(゚Д゚)ゴルァ!!」とか言う人は、もうすでに中華まんが凍ってたことなんてどうでもよくなってて、何でもいいから何かをぶちまけたいだけなんじゃないかな、とか思う。
ま、他の人も俺みたいに中華まん凍っててもなかったことに出来るぐらいに悟りを開けとまでは言わないけどさ。もちろん金払ってんだからこういうときにクレームつける権利もあれば、クレームってのはある意味店のためにもなるし、クレームつけるまでは結構。今言ったけど俺も「凍ってましたよ」ぐらいは言うこともあるし。
ただ、クレームも度がすぎればただのイチャモンだし、ついでに別のイライラも解消したがってるようにしか見えません。ましてや「あそこの中華まんはダメだ」とか「二度と買うもんか」という考え方には「待った」をかけたいのよ。文句言って、向こうが過ちに気づいて、ちゃんと謝って、その失敗を次に活かせれば良しとしようよ。それ以上に何を望んでクレームをつけてるのかね、ああいう人たちは。
でさ。こーいうこと考えると俺ってつくづく社会に向かない人間かもしれないな、って思うよ。こういう主張は人間としては温かみがあるとか、綺麗な言葉でフォローするぐらいはできるかもしれないけど、社会的な視点で考えるとほんと出来損ない。
でも、クレームだとか金だとかに付随して、義務だの権利だのって騒いでる世の中が嫌でさ。で、またメルヘンでありえねー話になっちゃうんだけど、法律がない世の中だったらどんなに素敵だろうとかってたまに思うんだよね。
もちろん好き勝手やりたいからじゃないよ。そもそも法律を必要としない世の中だったらな、って言ってんの。嬉しいことされたらありがとう、悪いことしたらごめんなさいの言葉で通じ合えればいいじゃない。
そりゃ「言えばいい」ってんじゃないけどさ。過ちに気づいた人間は誰もが反省できる思考回路を持ってる世界って言うのかな。そういう世界だったら、怒る側も不必要にイライラしなくて済むってもんですよ。人が怒ってるのを見るのもつらいしね。
あー、もーほんと言ってることが全てから逸脱してる。ダメだ。なんかこの世界に生きてちゃいけないような気がしてきた。俺、今度生まれてくる時は妖精の国に生まれることにする。争いごとがなくて誰もが幸せな国。
前にも書いたからこの先は省略するけど。
どうかみんなの心がおおらかであれ。
中学時代から好きで、一時期パッタリ聞かなくなってここ数年でまた聞くようになったんですが、槇原敬之(・∀・)イイ!!やっぱいいですよ、うん。サイコー。NEWアルバム、
EXPLORER好評発売中。
多分アルバム曲ですが、「武士は食わねど高楊枝」最高。槇原って時々変な歌歌うからこれも(タイトルからして)ソレ系かと思ったんですけどね。泣ける曲だとは意外ですた。
聞け。いいから聞け。お前ら全員聞け。うそ。でも一応
歌詞とかリンク貼ってみたり(邪巣羅津苦 承諾済)。
うーむ、なんか槇原熱が再燃。槇原敬之ってカテゴリをブログに追加しようか、ぐらいの勢いで。
毎度読んで下さってる(あるいは月イチでも読んでくださってる)方々には失礼ですが、僕の日記は今ひとつ、読む価値があるのだろうかという疑問があります(爆)。ヘタレですいませんほんとに。
残念ながら、ほかの記事なら多少議論を呼んだりなんらかの価値があると思えるのですが、日記に関しては別にオチがあるわけでもなく、文字どおり、本当に日々のことをつづってるだけ。
所詮自己満足なんですよね、ええ。書きたいから書く。ただそれだけなんですが、僕の場合ほぼ毎日書き続けてるので、ログの流れが早い早い。日記以外の記事なんてたまに現れてもすぐ消えてしまう。これじゃ万一日記以外の何かを読みたい人がいてもタイミングを逸してしまう可能性・大。
そこで僕は考えましたよ。
■「カレンダー形式が日記に適してるからここに載せてるけど、日記だけは隔離して、見たい人だけ見れるようにするべきではないか?」
■「というか、日記はいずれ過去ログ倉庫に移動するサダメ。最初から過去ログに書き綴ってはどうか」
■「いや、それでは、ただでさえ迷子になりやすいサイトであちこち行きかうのも余計面倒なのでは」
■「そもそもブログ自体が不評だ」
■「しかしこのブログは、JUGEMが問題を起こしたお詫びとして、無料で優待プランにしてもらえている貴重なアカウント。何らかの形では使いたい」
■「僕はそばよりうどん派だ」
などなど。
あー、もし何か案とか要望ありましたら遠慮なく言ってあげてください。
あ、でも「いらねーだろ日記」とか言われるとへこむので「日記は別でいいと思います」とか、なるべく婉曲的に。ということは結局は遠慮しながら言ってください(爆)。
■どーでもいい
■そもそもどの記事も読んでない
という人は相手にしなくていいです。
まあ・・記事が流れるのが早くても、カテゴリ別に見られる上に、古い記事でもレスがつけばすぐわかるのがブログのメリットでもあるから、大丈夫なはずではあるんですけどね。
やはり実際に使ったことがある人以外はブログへの馴染みも薄いみたいですし。閲覧で使いこなしてる人も少ないみたい。
すげぇへこんだ。いや、夢の話なんですけどね。
多分こないだDEATH NOTEを読んだからその影響か何かだと思うんだけど、なんかドラクエの「怪しい影」とか「シャドー」みたいな、ガス生命体じゃないけど形のない何者かが呪いみたいなもので、世界中の人間を殺していくのね。
でも人間には人類滅亡の危機の原因がわからなくて、俺にだけ「そいつの仕業だ」っていうのがわかるの。
俺はなす術もなく「そいつ」の行いを傍観するしかなくてさ。だって怖いじゃん。人間じゃないし。
でも俺、勇気をふりしぼって言うわけさ。
「頼むからやめてくれ。世界の人間を殺さないでくれ」
するとそいつは言いましたよ。
「おかしなことを言うねお前は。これはお前が望んでいることじゃないか」
この時俺はそいつの言ってる意味がわかんなくてさ。ただ黙って怪訝な顔をしてたんだけど、そいつがまた言うわけです。
「まだわからないのか?俺はお前だ。お前の、良く言えば平和を願う心、裏を返せば悪を憎む心が増幅して生み出されたのがこの俺なんだ。俺は一定のボーダーラインを境に、そのライン以下、悪に属する人間だけを排除している。これできっと平和な世界がやってくるはずなんだ」
(誰でも少なからず悪い部分は持ってるはずだし、善悪、もしくはその境の定義は誰にもわからないはずだが、この場合(夢だから)俺か、もしくは俺の分身である「そいつ」の判断で善悪のボーダーラインは決められているらしい)
で、「そいつ」の説明を聞いて、俺は反論できなくなっちゃって。しばらく考え込むんだけど、ここで言いくるめられるわけにはいかないわけ。
ある意味自分との戦いって言えるのかわからんけど。で、とにかく何でもいいから言い返すわけ。
「俺は確かに世界が平和ならいいと思ってるけど、そのために人が死んでもいいと思っていない」
さぁ、どう出る?
俺は「そいつ」の目がどこにあるのかわからないので、漠然と「そいつ」を睨み付けましたさ。
しばらくするが反応がない。
「ゴォオオオオ・・・・」
と、なんか不気味な、イビキみたいな唸り声を響かせたあと、「そいつ」は、少し遠慮するかのようにようやくクチ(?)を開いた。
「本当に思っていないのか」
今度は俺が黙る番でしたよ。
「思ってないよ」と言いたいのに口が開かない。
「あんな奴、いなければいいのに」というようなことは、やはり誰でも考えてしまうもので、ただでさえ、俺は最近ちょっと人間不信になってた部分もあって、悪に対する憎悪が無いと言えばやっぱりそれはウソなんだよね。
でもそれは間違いなのはわかってる。わかっていながらも、そう考えてしまう自分がいて、こんなことを考えてしまう自分は、少なくとも俺の善悪の判断の基準としては悪に属する、ということにここで気づいちゃって。
すると俺の心を読んだのか、「そいつ」は俺そっくりの顔を作りだしてニヤリと笑い、
「そのとおりだな。お前も悪だ。そしてもちろんお前の分身であるこの俺もな。悪は排除しなくてはいけない」とささやいたわけです。
その瞬間、急に俺の胸が苦しくなって、なんだ!?って思った瞬間、ゲホゲホ咳き込みました。その咳で目が覚めたわけですが、最近俺、ちょっと風邪気味で、それで咳き込んだだけなんですが。
でも何かもう後味最悪だよコレ。自分の気づきたくない醜い部分に気づかされたっつーかさ。もういいよ俺。自分がヘタレなのわかってるからさ。これ以上へこませないでくれよホント。
ところでラストシーンは、「そいつ」が俺を呪い殺すのと現実の俺が咳き込むタイミングが見事合致してたりして我ながらうそくせーとは思うんですが、まあ咳が出たくなる前兆みたいな微妙な苦しさが、咳き込む数秒前に夢に反映したのかもしれんです。
【ランキング】ホントかよ(<ホントです
もう毎年あちこちで論じられているので、ネット歴がそれなりにある僕としてはこんなネタをとりあげるのも今更という感じですが。
24時間テレビの賛否両論についてですね。偽善番組とレッテルを貼り付けて嫌悪する人も多いですがどうだろうね。
ま、僕はあの番組の全てを肯定はしないけど、結果として募金が集まって多くの人の役に立ったり、世間に障害者やその家族への意識を広めたり、あるいは例えヤラセだとしてもそれによって生きる気力が湧いてきたりする人がいるならそれでいいのでは、と思います。
テレビのやることだし多少偽善ぽくなっちゃうのはしょうがないと思うんですよ。もちろんわざとらしさや演出くささ、T光の涙とか(爆)、その他、気にいらない点も多いですが、生み出される結果を考慮するに、どちらかと言えば僕は番組支持派ということになります。
つまりは
こちらと同じことですけどね、言いたいのは。
ただ、この賛否両論についてあちこちでそれぞれの見解が記されている中で、
「嵐の人たちはそういう場面場面で意図的に涙を流したり笑顔になったりを切り替えたりするような人たちじゃないのは私が良く知っている」
みたいなことを言ってる支持派を見るとさすがにちょっとため息が出ちゃいます。同じ支持派でもこーいう見解の支持派とは一緒にされたくないなあ。これは単に妄信的になってるだけですし。
僕が支持する理屈としては
「彼らは偽善じゃない」ではなく、「偽善でもいいじゃないか」という考え方っつーわけで。
この人は「ファンだからこそ彼らのことがよくわかるんです」みたいなこと言ってるんですが、逆っぽ。ファンだからこそイッツァ理想像ワールドにどっぷりはまってるというか。
ま、晒したり打ち負かしたりするのが目的じゃないのでリンクは貼りませんけど。
ちなみに特定のファンが有名人を理解した気になってる系のテキストを
以前にも書いたことがあったなあ。
愛が地球を救わなくても批判しなくたっていいじゃない
余命2ヶ月。死ぬまでにしたい3つのこと。あなたは何をしますか?
僕の場合はどうせ死ぬなら自分が楽しむことをしても意味ないと思うんですよ。だって死ぬんだし。
もし何かをするとしたら、「今、自分が死んでしまったらこの先永遠にそのままになってしまうであろうこと」を、そうじゃない状態にしたい。
別に綺麗にまとめるわけじゃないけど、例えば自分が昔、つい心無い言葉で友人なり誰なりを傷つけてしまったということは誰にでもあると思いますが、言われた本人はもう気にしていなくても、あのときのことを俺はまだ覚えていて、本当に申し訳なかったと思っている、ということをまず伝えたい。
伝えるべきことを伝えられずに去らざるを得ないということが僕の中では一番無念だ。
でも生ある限りでは、「そんな若かりしころのことを今更持ち出すのも気まずいしなあ」というような甘えがあって結局言い出せなかったりしてるのがそもそもダメ人間だと思うわけですが。
明日俺が事故に遭って死んだらもう二度と言えないのに。
言おうと思えばいつでも言えるはずで、こんなことは死ぬ前にする3のことに入れるほどのことじゃなくて「じゃあ今言えば?」というような話なのかもしれないけど、多分余命2ヶ月とわかったら最初にするだろうな、と思うことがまずこれだ。
で、人に謝る、という、一見綺麗な話をしてしまいましたが、さっきも言った様に綺麗な話をしたかったわけじゃないです。「伝えるべきことを伝えられずに去らざるを得ないということが僕の中では一番無念だ」というのは、自分の中の醜い部分にも同じことが言える。
死ぬとしたら、死ぬ前にどうしても「お前の心無い行為で俺はこんなにも大変な思いをしたんだぞ」ということを言ってやりたい人がいる。これも「伝えたいことを伝えずに去らざるを得ない無念さ」に耐えかねるが故だと思う。
今のところ、この二つぐらいしか思いつかない。
死ぬ前にどこに行きたいとか、何を見たいとか、そういうことは、死を目前にしては全てが無意味に思えるから。

サイト立ち上げて4年目にして初オリジナル4コマ漫画がコレ_| ̄|○。
ちなみに「スティック」と「ティック」で区切る場所違うよ
とかいうシラケるツッコミは許しません。
話がオチ切らなくてすまん。
▲こんなクソ漫画描く大人にならないように、今のうちに学んでおこう
↓
最近色々日記とか書いてて思うんですが、俺もここまでサイトで
色んな作品を公開してるわけだから、せっかくだから
プライベートの知人にもサイトを公開しようかな、なんて。
ま、プライベートの知人つっても、中学〜大学など、
すでに日常的に顔をあわせることが少なくなった旧友にはすでに
公開してますけど、問題は現在最も交流の深い人、
あるいはこれからそうなる人たちです。
しかしそういう人たちに公開するとなると、もちろんバイトの愚痴とか
書けないし、この先、本職について職場の不満とか書き綴った上で
職場の人間に公開した日にゃ、間違いなくいづらくなるどころか
下手すりゃ飛ばされるorクビなんていう事態も招きかねません。
もしくは、誰もがこのぐらいのことは話すであろう、
という程度のシモネタでも、やはり「公開」という形をとることで、
女子社員の間では「あの人ったらネットであんなことをヒソヒソ」
「えー、マジ!信じられない!フケツ!ヒソヒソ」みたいなことを
言われることは目に見えてます。
ということはつまり、もし誰にでも公開するからには、それなりに
「あたりさわりの無いサイト」にする必要があり、過去の日記からも
シモネタがわずかにでも入るもの、職場の愚痴系の日記などは
片っ端から削除しなくちゃいけなくて、非常に手間がかかる上に、
言いたいことも言えないWEB環境というのもストレスがたまる
かもしれないけれど、むしろ俺にはそのぐらいの足かせがあって
ちょうどいいかな、みたいな。
やっぱり、ちょっと感情的な文を書いてしまうということは
(法律的に問題があるか無いかということ以前に)やはり
「良いこと」ではないだろうし、隣人も見ている、という意識が働けば、
自制心を養うためにもおおいに役立つかな、なんて。
まぁ・・・・これだけ膨大な数のファイルをチェックするのもさすがに
きつすぎるので、ここはこのままにしておいて、
「誰にでも見せられる用のサイトを別に立ち上げる」っていうのも
手ですけどね(ダメじゃん)。
でも実際、今までに思いつきで書いてみたコラムとかマジメなものは、
身近な人に見せても何か感じてくれるかな、と思うと、
ちょっとサイトを紹介してみたくなるんですよね。
以下、前のブログでこの記事にいただいたコメント僕のサイト、あんなシモネタの過去晒し満載ですが
知人(職場も含む)は殆ど知っている罠
どーだーすごいだろー
と言うよりリナ漫に書いてある事は普通に僕のネタなので
酒の席などで晒しちゃってます(笑)
| リナパパ | 2004/08/05 10:23 PM |
すごーい(≧∇≦)!!・・・のか?(=▽=)
でもそれだけ気心の知れてる人が多い職場ってうらやましいです。でも男が多い職場なら俺もオープンになれるかもです。男が多い職場に行きたい。
女ってのは一固体では好きですけど、徒党を組むとわけのわからない連帯感を発揮して噂話を生きがいとする生物なので、女性が多数派を占める職場で公開する勇気はないです。というか以前それで失敗した(爆)。
| いっべー | 2004/08/06 3:42 AM |
これもちょっと前(7月24日)に書いてアップしわすれた雑記なんですが。去年の自殺者は(この雑記を書いた時点では)3万4427人で過去最悪だってさ。
去年は俺にとっても、シャレ抜きでシャレにならない年(゚Д゚)?だったので、一歩間違えれば自殺者数は3万4428人になっていたかもしれないと考えると恐ろしいです。
あ、いや、別に自分の死をほのめかしてるわけじゃないですよ。
ただ、人生において死への意識というものは誰の中にも存在して、そういうことを考えるということ自体はおかしなことじゃないでしょう。
第一今の俺にはやらなくちゃいけないことがあるので、今死ぬわけにはいきません。もし事件に巻き込まれて刺されそうになっても「殺すのはもーちょい待って!刺すこと自体はいいけどせめて今やってること終わってからにしてクレー!その時にまた刺しにキテ!」とか言いますよきっと。
以前某番組で「死ぬことはいいことか悪いことか」っていう話が持ち上がってたことがあったんですが、どうなんでしょうね。
先にも似たようなことを書いたけど、誰でも自らの死を意識したり想像したりすることぐらいはあると思うんですよね。
・・・って。あ。そういや「考えたこともない」って言う人がいたなそういえば(´Д`;)。
まあ・・・その人はダントツに強くてエライか、ダントツに鈍くて馬鹿かのどっちかだと思うのですが、少なくとも俺は何度かありますよ。
まー普段から頭の中で考えるネタだけは尽きない人だから、っていうのもあるかもしれませんが、死を望んだこともありました。
でもそういう時に絶望のふちから救ってくれたのは家族や隣人、友人や恋人など、自分が死んだら悲しむであろう人々の存在でした。
もし家族だとか、自分を慕ってくれる人間がいなかったらどうなってたかわかりません。
いや、もしかしたら単に死ぬのが怖いというのを認めたくなくて適当な言い訳をこじつけただけかもしれませんけどね。でもそうではないと自分では思います。
で、死を選んでしまったとき、そういう周りの人たちに計り知れない絶望と悲しみを与えてしまうということは、何よりも罪深い=悪と言えるかもしれません。
と同時に、そうだとしたら人は誰かのために生きつづけなくてはいけないものなのか、という疑問も湧いてきます。
ま、この際、「生きたくても生きられない人がいるから命は大事にしなくちゃいけない」とかいう綺麗なお話は抜きとして、命を絶つということそのものが「悪い」と断言できる根拠はなんでしょうね(←いや、殺人は別ですよ。あくまで自殺に限った話です)。
うーむ、特に見当たらないんですよね、実は。
いや、だから「自殺は自由だ」とか言いたいわけじゃないです。
頭では漠然と「死ぬのはダメだろ」という意識があるが根拠が見出せないので、それをはっきりさせたいだけなんですよね。どうなんでしょう。
これ、ホントは7月末に見た夢なんですけどブログメンテ中で書けなかった。
小学校低学年か高学年かいまひとつ覚えてないんですが、俺、ある女の子にいじめられてました。
俺個人というよりも、その子は一部の男子数人に対して、何やら汚い物でも見るような目でふるまって、俺はそれが不快で仕方なかったんですが、
特に悔しいのは、瞳が綺麗で髪もサラサラ、その子は他に類を見ない美形で、超・お嬢様風、一見したところ非の打ち所が無く、こっちが何か言おうものなら誰もが彼女の味方をするであろうという手の打ちようの無い設定だったことです。
・・・もーすでにこの頃から美人へ対する警戒心が(´Д`;)
で、その子がいきなり夢に登場しました。
なんかね。小学校の教室で、なぜか俺と二人で超仲良くおしゃべりしてんの。何話したかは覚えてないけど、二人で大笑いして結構楽しかった。
確か彼女は、小学校卒業と同時に別の中学へ進み、中学からの交流なんてもちろんありません。
なのになんで(゚Д゚)?
別に、いじめられてるうちにMに目覚めて密かな想いを寄せていたとかそーいうも断じてありませんよ、念のため。ホント嫌いだったし。
俺、夢を見ることで結構不思議な体験とかしたことあるんですよね。もしかして彼女の身に何か起こったんだろうか(爆)。
ところで、俺はある男、U君やO君にもいじめられてました。
でも彼らも二人とも小学校卒業と同時に違う中学に進んだんですよ。
あの時は「俺には神がついてる」とか思ったっけ。だって嫌いだった人がことごとく消えてくんですもの(爆)。無意識のうちに俺の思念が彼らを呪って追放したのだろうか、とか本気で思いましたね。
しかしなんていうか、「過去に生きる男」としては、あれほど嫌な目に合わされてたのに、今振り返ってみるとちょっと懐かしくなったりして、特に自分の嫌いだった人とかよく思い出すんですが「元気にやってるかなあ」なんて思ったりする。
うーん・・・やっぱりおかしいんだろうか俺。
▼前のブログでいただいたコメント▼
人間には親和基にも似た感情があり
本当は誰とでも仲良く、和を以って過ごしたいと願うもの
其は優しさにもなれば、嫉妬や蔑みと言った感情にもなる
不意に過去の存在が浮かんだとしても、今その人に何かがあったからと言う事ではなく、いっべーさんの「他人(ヒト)ともっと解り合いたい」と言う感情が幼少の苦い経験を呼び覚ましたのでしょう
それは「嫌な事から逃げてても何も始まらない」って本質的に解っているからでもあり、でも「取り掛かる糸口が見付からない」と言う現実に負けそうになってる自分への励ましでもある
山を越える度に男はデカくなるもんです、頑張って下さいませ
| 黎蒔 | 2004/08/03 6:08 AM |
うおぉ、僕にはもったいないほどのお言葉をかけていただき、ありがとうございます。
他人ともっとわかり合いたい・・・か。心からそう思えることができたらどんなに素晴らしいことかとは思うのですが、今の俺は、汚れたものを多く見すぎて、気持ちもすさんでしまったという思いもあります。
でも以前の僕は確かにそういう面を多く持ち合わせていたような気がしないでもないです。まだかすかにそういう部分が自分の中に残っているのだとしたら、もう少し、自分のことを認めてやってもいいのかな、という気がしました。
>>それは「嫌な事から逃げてても何も始まらない」って本質的に解っているからでもあり(以下、文末まで)
↑
どわぁああああ、思い当たる節がぁああ。山のようにぃい〜(笑)。自分で言うのも何ですが、今、我ながら結構頑張ってる時期なので、なんか些細な部分だとしても理解者が現れてくれたような感じで励みになりました。ありがとうございます。頑張ります。
| いっべー | 2004/08/03 6:55 AM |
追加しちゃって下さい槇原カテゴリー。