ま、別に子供の夢壊すんじゃねーとかそんなことをギャーギャー言うつもりはないんだけどさ。
それが時代の流れと言うならそれもしょうがないんだろうけど、やっぱ世の中ってのは建前とか奇麗事とかで全部正当化されちゃうんだなあ、って感じ。
一昔前だったらダメなもんはダメだっただろうに、「それってどうなの」なことも「心の中にいるのだから」みたいな一見綺麗な言葉で全部いい話になっちゃうのが、なんか間違った方向に話進んでるんちゃうかな、みたいな気がしちゃうのね。
今はこの程度だからいいけど、こーいうのがどんどんエスカレートしていくことで、マスコミの過剰演出の報道とかも、正論にかこつけて(やってることは問題アリなのに)奇麗事でかたづけられちゃう世の中とか来ちゃうんじゃないかな、とかそんなことまで考えちゃったりしてな(すでにその傾向はあるけど、さらに免罪符をたくみに利用した、現在では考えがたいほどの状況に陥りそうな)。
話ずれるけど、僕が子供をさずかったら直接プレゼントなんてあげません。クリスマスを楽しみにしている子供を見ながら、僕も子供の笑顔が見れるときを楽しみにして、とことんもったいぶるのさ。
イブの夜、子供の枕元にコソーリ、カラフルにラッピングされたプレゼントを置いて、翌朝プレゼントにおおはしゃぎしている子供に「サンタさん来てくれてよかったね」と。
笑いかけてやるのが僕の夢ですが何か文句でもありますか(゚Д゚)ゴルァ!!
僕が子供の頃は何がもらえるかわからず、そわそわとイブの夜を待ち続けるのも楽しみの一つだったと思うんですが、親にリクエストして頼んだ品が直接渡される家庭とかって、なんだかなーって思います。激しく余計なお世話だけどさ。
当然、サンタを演じるにしても子供が何を欲しがってるかこっそり観察したりさりげなく聞き出したりするわけですけどね。そこらへんは親の楽しみでもあるんじゃねーの。
しかしこの世知辛い世の中、そんなことやってて子供がサンタを信じきった場合、まわりの冷めた子供たちに「何言ってんのコイツ」呼ばわりされたりしたら、と思うと時代の流れに即した方針のほうがいいのかね。
夢を持つ、なんてのはそれこそ勝手な人間どもの正論で、実際は夢を持ったりとかそーいう人種ってのはイタイ系呼ばわりされる世の中だもんな。
そして「子供心を忘れない」なんていうのもしかりで、多くの人はこーいうのを「何か美しいもの」として見る傾向にあるけど、奇麗事に過ぎない。そんなことは言っても、実際子供心を忘れずにいる人間は「いい年して」呼ばわりされるのが今の世の中だ。
そういう「一見理想的な形」ってのは、詩だとか歌とか漫画、その他文学作品の中だけのもので、実生活にもそれを取り入れてる人間は社会から異質なものを見るような目で見られるわけだもんな。
やれやれだぜ。
夢を見るってのはそんなに悪いことなのかね。
という問いをしたならば、ほとんどが「そんなことはない」と言うに決まってるけどね。そう思いたいだけなんだよな。
記事作成時にいただいたコメント▼
ここ数日、もし子供の枕元にプレゼントを置くとしたら、イブの日か25日なのか、微妙に考えています。
イブはやはり前の日であり、モノホンは25日という感じが否めない。しかし、イブにプレゼントをやることにより、クリスマスの日に子供は喜ぶことが出来る。
という、どうでもいいような、とても大切なような、微妙なことを考え冬休みの堕落した日々を送っています。
やっぱ、イブなんですか?
| メビウス | 2004/12/27 7:34 PM |
要はクリスマスにプレゼントが手に渡ることが重要なわけで、結果的にはクリスマスの朝だろうとイブだろうと、寝てる間にプレゼント置く分にはどっちでもいいんじゃないっすか。
早朝に目覚ましかけてプレゼント置くまでこだわる意味ないから、イブの夜に置くんでしょう。寝過ごしたら大変だし。
目安は「子供が寝ついたら」だから、クリスマスになってから置くこともあるでしょう。
ただ言えるのはクリスマスの夜ってのは何か違う気がする。
プレゼント手に入るの26日かよ、みたいな。
| いっべー | 2004/12/27 8:24 PM |
ちょっと前某所にも書いたけど、大昔は日没〜翌日没までが一日だったのだそうで、「Christmas eve.」の「eve.」は「evening」の略、つまり「クリスマスイブ」ってのは「クリスマスの夜」のことなんだそうですよ。
まあ大昔の風習は抜きにしても、キリストが生まれたのってたしか深夜だか明け方暗いうちだかだったように思うし、クリスマスのミサなんかもイブの夜からやるし、24日夜からすでに本番と思って間違いないのじゃないかと。
ところでプレゼント話で、ちょっと面白い話を聞きまして。
ある人の子どもが小学校中学年になり、微妙にサンタさんの実在を疑いはじめているのを見たお母さん。まあいつまでも夢見てなくとも良かろうと言うんで、「本当はお父さんとお母さんがプレゼントをあげてたのよ」という話をしたのだそうな。
今年その子がほしがってたプレゼントはNINTENDO DS。両親、祖父母ともに手に入れられず、その子には別のプレゼントを渡したんですと。
ところが、イブの夜祖父母の家に泊まっていたその子が朝起きると、枕元にNINTENDO DSが!
実はその子の伯父(叔父かも?)が、両親に「見つけたら買っておいて」と言われていたので、見つけて買ってそのままその子の枕元においていたと言う話なんですが、起きたばかりのその子が知る由もなく。「やっぱりサンタさんは居るんだ!」と。
もう一度「本当の話」をしたものかどうか、ちょっと悩むお母さんだったそうな。
ちなみに私のウチにはサンタが来たことはないと思います。てか、「寝てる間に枕元にこっそり」ではなかったんだよね、少なくとも。
で、娘に対してはどうするつもりかと言うと、「散田さん」という赤いスーツの日本人が中古のスバルに乗ってプレゼントを配り歩くと言う設定にしようかと思っています。
| けいりん | 2004/12/28 3:57 PM |
>>けいりんさん
>某所にも書いたけど
あ、というか、そういえば以前にうちのサイトでも聞いたような気がします(笑)。いや、全然忘れてたので問題なしです(僕自身同じこと何度も記事に書いてる)。
>プレゼントの面白い話
そいつは困りますな(笑)。でも僕もよく親に欺かれましたけどね。「ぜってーいねえ!」とか思っても「うわ、こりゃ絶対いるよ、サンタさん!」とか、何度もしてやられました。
でもいい加減年とってくると、自ずと気づくもので、放っとけばいいんじゃないですかね。
多分真実を知るときって、信じきってる状態から衝撃の事実を知る、というより、薄々感づいてくる、って感じだろうし。
しかし今の時代はアレですな。小学生でもフツーにネットやる世の中。全年齢層ごちゃまぜの顔の見えない世界で溢れ返る情報の波に揉まれてたら、昔の子供と同じ感性でいるってこと自体無理かもしれないな、とか思ったり。
>散田さん
冗談抜きでその辺が妥当なのかもしれないです(爆)。
| いっべー | 2004/12/28 4:32 PM |