先日から色々悩んでます。
見てる側にとっては結構どーでもいいことですが、人知れずこだわりをもってる僕としては結構重要なこと。
2005年2月現在、僕は二つのブログを使い、この二つのブログを(リンクを貼ることで)自由に行き来できるスタイルをとっています。
■とほほダイアリー
日記用ブログ。毎日の記録することが目的。別に公開する必要はないがせっかく自己表現の場があることに便乗してネット上に公開しているだけで、「創作作品」というほどの域には至らない(見てもらうためのテキストではない)。
■脳内ズンタッタ
このブログ。主に創作系中心。雑記やイラスト、写真など。
公開という形についてあまり意識はしてないけど、日記よりは公開目的の色は濃い。
でも、やっぱ一つにまとめようかなと。
それにあたり色々考えてみた。
現在両方のブログを見てくれてる人は、統合することで二つのブログを行き来する手間がはぶけるけど、今まで片方しか見てなかった人は、別に読みたくない内容まで統合されて、読みたい記事を選ぶ手間がかかったり、迷いどころ。
あと、当ブログはカテゴリが多すぎて、いくらブログと言えどこの限度を超えた雑多なブログに日記が加わるとあまりにも雑多すぎるブログになる恐れが高く、オドオド。
まぁ・・・今に始まったことじゃないですけどね。
ここまで来ればもー、これ以上ごちゃごちゃしたって変わらないか。
以前えっけんさんが、複数ブログの運営はあまり意味がないと言っていて、もっともな意見だと思ったんですが、実質、日記もほぼ毎日書いて、こっちのブログも例外を除いては投稿頻度はほぼ毎日(今月は休みましたが)。
となると、統合したら、ログの流れが早いのナンノ、ということに。
反面、ブログ特有のカテゴリ分けの機能に便乗すれば、それでも見たい記事が閲覧できないでもないんじゃないか?というような期待もあったりします。
とりあえず、あまりブログめぐりとかしない僕ですが、ちょっとよそのブログをいくつか覗いてみることにしました。
果たしてうちと同じぐらいゴチャゴチャとカテゴリが乱立しまくってるサイトが他にもあるかどうか?
もしあれば、ちょっと心強い。それでもやっていけるんだな、と。
結果、ありませんでした。_| ̄|○
やっぱどー考えてもうちはゴチャゴチャしすぎ。異常に。
まーほとんど記録することが目的で公開については二の次という方針でやってきたからね。ネットめぐりしてる人からは敬遠されることを覚悟の上でやってきたわけだから、それは仕方ないか。
多ジャンルの記事が乱立しているだけに検索にひっかかりやすくてアクセス数は稼げるけど、リピーターが少ないというパターンですね。いや、ここまでわかっててこんなだからある意味スゲーのか。
ケーキを食べればダイエット失敗することがわかってるのに食べてしまう人の気持ちがちょっとわかった。
それでも日記を追加するとか言ってるんだからもう救いようがないというかナント言うか。
ちなみに、日記を統合するとは言っても、さすがにもう過去ログのコピペはしないです。今後の日記をこっちに書くだけで、現在の日記ブログは過去ログとして存在しておいてもらう方向で。
日記ブログに使ってる「ヤプログ!」は、書き込まないと削除されるようなことはなく、解約しない限りずっと存在してくれるそうなのでそれもありかなと。
まあまだ決めたわけじゃないですけどね。
さて、どうしよう。
【ランキング】アドバイス欲しいっす
事情はもう割愛するとして、家庭の事情でドタバタしたときに、幼なじみの女の子のMちゃん(仮名)が先日我が家に駆けつけてくれました。
彼女とは僕が生まれて3ヶ月目ぐらいからのつきあい(主に母親同士の)だったわけですが、必然的に僕とMちゃんとも交友関係にムリヤリ結び付けられました。
ヘタすると押しかけ女房で結婚させられてた恐れも大です。
僕は物心つく前から彼女にいじめられ続け(向こうは遊んでるつもりで悪気はない)、毎回、同い年の女の子に泣かされては家に逃げ帰る日々を送っていました。
おかんは、Mちゃん効果で僕が女性不信になるんじゃないかと本気で心配したそうです。
今、僕の髪の毛が薄いのは、毎日Mちゃんに髪の毛を引っ張られたからだと僕は未だに信じて疑いません。
そのMちゃんが引っ越していったのは僕が小学校4年生の時。
いつも彼女を煙たがってた僕も、いざそんな話になると少し寂しさを感じたのを覚えてます。
彼女が引っ越していったのは隣の県ですが、当時小4の僕にとっては遠い世界に感じてしまったわけです。
その小4以来、3〜4回?数える程度の再会がポツポツとあったものの、僕の頭の中ではMちゃんは小学校4年生です。
その彼女がいい年になって目の前に現れたわけですが。
んー。
ヤンキーだな。
ヤンママだ、ヤンママ。結婚してないらしいけど。
でもしゃべり方とか昔のまんま。
ネットやメールの交流すらなかったのに、なんか全然久しぶりって感じしなく、ごくふつーにしゃべってるあたりが自分でも不思議でした。
さて、実はここまでが前置き。
当然彼女と思い出話になったわけですが、案の定、昔の僕の情けないエピソードのオンパレードでした。
僕って過去のことって意外とよく覚えてるんだけど、今回出てきた話はほとんど覚えてなくて、人間って自分で自覚してる以上に色んな歴史を歩んでるんだなーとか思ってみたり。
で、聞いた話で一番なさけねーと思った思い出話をここで紹介。
幼少期のMちゃんと僕は、外で雪合戦をすることにしたそうです。
始めー!
ってことでMちゃんが僕に雪をぶつけたら、僕は泣いて家に帰ったそうです。
取り残されたMちゃんは
「ぶつけなきゃ『合戦』じゃないやん・・・」
と、寒空の下、あっけにとられてたそうな。
・・・・・。
・・・・覚えてネーヨ_| ̄|○
僕は身内の死は弟が初めてでした。
両親や祖母も健在。祖父は他界してますが、僕の生まれる前でした。ということもあってか最初は正直実感が湧かなくて。
年中弟の介護に明け暮れていた生活がピタリと止まる。
その意味がわからない。
弟がいないっていう意味がわからん。
俺は生きてんのに。親でさえ生きてんのになんで弟が先に逝くの。
目の前にあるリンゴを無いと言われても納得がいかないように、僕のこれまでの人生のほとんどを一緒にすごしてきた弟がいないとか言われても「何言ってんの」としか言いようがなかったです。
だけど弟が負っていた病気のことは幼い頃から知らされていたし、僕はつねに覚悟と共に生きてきました。
だから弟が他界しても想像してたほど取り乱さなかったのは、その日ごろの覚悟のおかげだったのか。幼い頃から死というものについて直視しながら成長してきたことから、人並みならぬ感覚が身についてしまったのか、とか、色々考えました。
もちろんそういうのも含まれるだろうけど、でもやっぱり、ドタバタしたあとで夜寝る時、やっぱり涙がこらえきれなくて、自分が落ち着いてるのか、耐え難い悲痛を感じているのか、なんだかよくわからなくなったりするんですが、あれから一週間が経過し、やっぱりどこか落ち着いてる僕がいたりするんだけれど、なんだかまずいのはどうやらそれ以降になりそうな気がする。
今までは葬儀やら何やらでドタバタしたり、親戚の人が出入りしたりすることで、実感として受け止める暇が無かったんだよな。
こういう葬儀でドタバタしたりっていうのはおそらく人間の知恵なんだろう。死者の魂を葬るというより、残された人間悲しみを感じさせる暇を与えないことで少しでも気持ちを穏やかにしたりするんだろうな。
ようやく落ち着いてきてさ。
この頃からなんか・・・。
はぁ。
二階にいて、リビングから呼ばれたりすると、
「弟の移動かな?ベッドに移るのかな?トイレに行くのかな?」
という思考が自動的に働いてしまう(弟が負っている障害は他者の介護を必要とするので、普段から僕がよく呼ばれることが多く、習慣になっていた)。
バイトから帰ってくると、リビングにいるはずの弟がいなかったり、芸能人の顔と名前が一致しなくて、「弟に聞けばわかるかな」と思ったときに弟がいなかったり。
そういう、生活の中で一つ一つ、「もういない」っていうことを実感していくことで、徐々に人は受け入れて行くというパターンもあるのかもしれない。
弟の大好きだった食べ物が店に並んでてさ。
通夜の前日以上に涙が止まらなかったんだよ。
<男と女>相手への“ひそかな願望”とは? ハーレクイン男女が相手に求める“ひそかな願望”調査によると、男は女のセクシーさ、女は男の優しさであることわかった。
でも、その望みが叶ったら叶ったで、
男は「最近の女は見かけばっかで性格がブスだ」とのたまい、
女は「その優しさが返って相手を傷つける」とか、
もう最初と言ってることがメチャクチャになる罠。
調査なんてアテにならないね。
(恋愛仙人か俺は)
最近毎日夢見てるんですが、夢日記書く余裕がありませんでした。内容的に大したことないのでここ数日で見た夢をまとめて書いてみます。
■その1■
夢におばあちゃん登場。僕が関東在住に対し、おばあちゃんは東北。そうそうしょっちゅう会えるものじゃないためか、おばあちゃんの夢なんて今まで見たことないし、ここ1〜2年、おばあちゃんと会ってません。
突然おばあちゃんが夢に登場してややビビる僕。
まさか何かの前兆とかじゃないだろうな(´Д`;)。
■その2■
知人MさんとKさんが同盟組んで僕の家に攻め込んで来る夢を見ました。
この2人はお互いに面識ないはずなのにナゼ!?と戸惑う僕。
女の連帯感コワイ。
■その3■
なんか忘れたけど何かをすごく我慢してました。
で、我慢の限界が来たとき、僕の背中から「ぶわっ」っと白い羽が生えて、上空に飛び上がると、「やめろーーーーーーーーーーーーーーー!!!」って叫んでました。
・・・・・何を?
【ランキング】あ・・・アレ?もう2〜3個ぐらい夢見たんだけど忘れちゃいました。
FC2ブログを立ち上げたのは最近ですが、サイト運営歴自体はかれこれ4年ほどになる管理人さんです。
僕はサイトを運営するにあたり、日記や雑記など、いたるところで自己満足を強調してますが、アップした4コマ漫画の感想が欲しい時期もあったし、交流が楽しい時期もありました。
でも基本はやっぱり自己表現の場なんですよね。
とにかく自分の日常を記録したり、考えをまとめることで心がすごく落ち着くこともあるし、人ってのは元々自分の生きる日常に足跡(ソクセキ)を残したがるものだったりする。
掲示板を置いてなかったりだとか、ブログに書き込みが出来ないところなんていうのはその典型で、「何のために」とか聞かれること自体返答に窮するケースも多いと思う。
某友人は
もはや何のためにサイト持ってるか分からないけど自分のためってことでいいじゃないか。誰かに何かを見てもらいたいんじゃなくて(以下略)
と言ってましたが、特にサイト運営歴が長いとほんとにこのぐらいの悟りの境地になっちゃうんすよね。超同感。
まー最初からこのぐらいの心境でなんとなくサイト立ち上げる人もいるだろうけど、現代に多く見られる、「一人じゃさびしい族」にとってはもしかしたら理解できないかもしれん。
以前、全くインターネットに接点がない人に
僕が自分の日記をネットに公開してるというような話をすると、全く理解できないというような顔してました。
「何のために?」「恥かしくないの?」
というような質問の雨を浴びるが、
何のためにと聞かれても答えようがないし、恥かしくないのか、というのも当時はイマイチよくわかんなかったり。
そんな、同じクラスの◎◎ちゃんが好きだー、みたいな超・プライベートなことを同じクラスの中で公開するわけじゃないしな。
だから自分の思ったこと、考えたことの一つとして、遊びにいったときのことだとか、仕事の時に感じたことなどがたまたま取り上げられただけなのに、そのためだけに悪意があって公開しただとかそんな風に思われても困りますわ。
あなたたちを糾弾するために書いたわけじゃなく、単に自分が感じたことや思ったことを記録したいだけなのよ。
まー公開という形をとるからにはその対象が社会的・経済的にフリになるような表現だけは控えないといけないわけだけどね。記録するところの意図をアレコレ勝手に判断されるのもなんだかなーって感じがする。
そーいや鬱病患者とかでもサイトでの自己表現っていうのは療養にも有効だ、みたいな話も聴いたことがある気がするけど、漠然と落ち着くからやってみたりとかそんなノリなんだよな。
全てに理由を求められて「どーいう意味があってそーいうことをするの」とか、損得でしか物事を考えられないような見解で見る人を見ると、なんかちょっと距離を感じるな。
そーいう人たちって、某巨大掲示板とかで公開してるフラッシュ職人とかの価値観とかも多分わからないんだろうな。
ホントソンケーする。金も何ももらえないのに、ただエンターテイメントのためだけに創作する人たち。僕もそーいう人たちの一人になりたかったのかもな。
【ランキング】限界への挑戦とかする人とかにも「ナンデそんなことすんの」とか聞いたらおしまいでしょ。
以前livedoorでやっていたような、PC・ネット関連専門のブログみたいなのであれば、固定客をつかむことは出来ると思います。
読書ネタオンリーとかね。
ただ、管理が面倒くさい。