本日ハ晴天ナリ槇原敬之 John Newton

by G-Tools歌手:槇原敬之
アルバム:「本日ハ晴天ナリ」収録
曲:Wow
歌詞(
歌マップトップページ)
槇原も年相応になったせいですかね。
子供に関する歌をよく歌うようになってきました。
自分の子供が生まれたときの感激を想定して曲にしたようですぜ。
これはいい曲だー。
ただ、槇原の歌詞っていうのは何てこと無いことをものすごーく肥大化させてとらえるクセがあるんですよね。
妙に演出くさかったりキレイごとっぽい詞がすきじゃない僕としては最初の方の、子供が歩けないまま生まれてきたのはどこへも行かないと約束してくれてるようだとかいう歌詞とかにはやっぱり「んなわけないだろ」ってツッコミを入れたくなっちゃいます。
いい歌詞が多い中、「いや、それはいくらなんでも言いすぎだろ」なところがあるのが彼の歌詞なんですが、まあこのへんは人によって感じる度合いが違うと思うのでしょうがないです。
ただこの箇所についてフォローするなら、
子供がそういうことを約束してくれているんだっていうことを言いたいんじゃなくて、まるでそんな風であるように感じてしまうぐらい、全てをいい方へ解釈したくなるぐらいパパは舞い上がっちゃったんだよ、っていうことだと思うけど、第三者の視点から見るとちょっと冷めちゃいます(爆)。
さて、僕は音楽を聴くときは歌詞が重視なんですが、これは曲もいい。
「ぼ・く・の・指・を・ギュッ・と握る手が」
みたいに、一つ一つの言葉が力強く発せられることで、新たに生まれた生命の力強さみたいなものを僕は感じたんですけどどうですかね。
そして再び歌詞ですが、この曲のタイトルにもなってる「Wow」。
これは「ウォウ」じゃなくて「ワォ」なんですが、驚いたときの感嘆詞ですね。
ほんとはもっともっと喜びの言葉を並べたいのに並べつくせない。
そんなとき、口を突いて出てくるのはこんな言葉ぐらいなんじゃないでしょうか。
言葉ってのはしょせんは限られた伝達手段。
本当の喜びや悲しみを表現するにはどうしたらいいか。
それで行き着いたのがこんなシンプルな言葉だったわけだけど、コロンブスの卵ですよ。
言うのは簡単だけどよくぞそこに行き着いた。
そして自分の幸せは自分が味わうものではないという、幸せの定義を根底から覆す発想。
これはきっと、自分の子供ぐらいにしか向けられない感情なんじゃないかな。恋人や夫婦は、やはり共に幸せでありたいと願うもんだ。
それだけ、親の愛ってのは深いものなんだぞ、ってことを、今の子供たちにも意識してもらいたいです。
そしてそうじゃない親に対しても、このぐらいの愛を注いでごらんなさいと言いたい。
僕はまだ未婚だから子供を持つ親の気持ちには至らないかもしれないけど、亡くなった弟は元々寿命が限られていたこともあって、僕は普通の兄弟とは違った思いを注いできたので、実の子供に対する愛に近いものがあったためか、僕にはよくわかるような気がするんですよ。
それぞれが好き勝手にそれぞれの道を歩むような、どこにでもいる兄弟とは違ったんだ。
僕には全てが出来るのに弟だけが、出来ることが限られていた。
弟が何か新しい刺激や出会いが得られるなら、僕のことはどーでもよかったです。
なんかそのときの僕の気持ちを代弁してくれてるみたいで、この曲は大好きだ。
そーいやかなり前から壊れていたコンポを直そうと思って保証書を見たら(覚えてないけど)秋葉原で買ったものらしく、修理してもらうにはあの地へ降り立たなくてはいけなくてね。
メイドのコスプレした女の子が路上でビラ配ってましたよ。
あそこは行くたびに何かがエスカレートしてる。
なんか、こう考えるとやっぱり何が正統派かとかどっちが異端だとかって言うのはつくづく多数決によるものなんだな、って思う。
一昔前はオタクは敬遠されてたのに情報が溢れかえる世の中になるとむしろ情報界に精通したオタク族の方が一般人より強い。
よく就職面接の適性検査で
「世の中は全て多数決で決まると思う」っていう項目に○か×をつけるのがあったのね。
○をつけると何かを変えようとする意欲がないとか、被害妄想ぎみだとまでは言わなくても何かよくない結果につながるんだと思うけど、だけど多数決に左右される世の中だってのは事実だよこれは。
来年大流行するものでも今年からすでにやってる少数派がつまはじきに遭う。
あの適性検査で「○」と答えるものには「現実を見据える力がある」と評価してほしいです。
▼湯気出てます

友達が残暑見舞いくれたんですが、はがきを買うお金がありません。
だからせめてこんな画像を作ってみたけど、結局印刷するためのはがきを買うお金がありません。
カツオブシ?▼

さっきテキスト書いてたんだけど、結局何が言いたいのか自分でもわけわかんなくなった挙句、
推定8000字級の記事になっちゃって「こんなの誰が読むねん」と思って消しました。
別に読んでもらうために書いてるわけじゃないけど僕自身納得のいくシロモノじゃないという意味でもなんかアレだったから。
文才のなさにつくづくイヤになります。
っていうようなこと今までも何回も言ってるけど。
そもそも論理的じゃないよな、僕の文章って。
感情論だとか感覚的すぎる。
僕の書くテキストをそのまま僕が読む側の人間だとしたら、
「うん・・・まぁ。大丈夫だ。言いたいことはわかる」
とか、思わずフォローしたくなっちゃいそうだよ。
試行錯誤を繰り返してもいっこうに改善されないこのテキスト群、別に自分の才能の至らなさに嫌悪感までは抱かないまでも、正直疲れる。文章書くのが。
やっぱり本とか色々読んだ方がいいですか。
でも今の年から読み始めても遅いですか。
いかなる言葉を羅列したところで人の考えが100%人に伝わるとは思ってないけどさ。
ほどほどな文章ぐらいは書けるようになりたいよな。
語彙力とかにしても知識・教養を高めるってことは、自らの勉強のためじゃなくて、自分のことを人にわかってもらう手段としても大切なことなんだなって痛感するよ。
わかってもらえないのはいいにしても、自分の望むように表現できないって結構もどかしい。
失敗したな、ほんと。
読んでくれてる人ほんとごめんね。

寒いギャグとかでしのいでる夏。
みなさんいかがお過ごしですか。
ちなみにこの写真、多数撮った中から選んだんじゃなくて、
撮影する時点で
「これは暑中見舞いとかに使える」
と考えた上で文字を入れるためにあえてペンギンを右下に寄せたという計算高さ。
【撮影:しながわ水族館】

最近画像作品とか作る気力無かったんですが、たまたま連続写真でクラゲの動きが4コマ撮れてたので、血迷ってGIFアニメなんか作ってみました。
アニメーション作るのすげー久しぶり。
デジカメの動画とは違って数コマの組み合わせによるパラパラ漫画の原理と同じだから、動きのスピードは僕が勝手にテキトーにつけました。
だから当然本来のクラゲはこんなに機敏な動きしないです。
彼ら、何考えて生きてんだろうねホント。
体の98%が水分で構成されてるんだってよ(JOJO知識)。
外の世界を知らずに平和な水槽の中で一生を終えるのと、存分に泳ぎまわれても天敵がうじゃうじゃいる大海原で生きるのとでは、魚にとってどっちが幸せなのかね。
まぁ・・・外の世界を知らないのが前提なら水槽のほうがいいだろうな。
▼箱根にて紫陽花の流し撮り。
車の中からテキトーにシャッター切ったらたまたまうまくいった

いわゆる100の質問みたいなやつの、「5の質問」バージョンだろコレ?
きゃべつタソから萌えバトンもらったよ。
でも俺、萌えとか思わないからなあ、あんま。
>>属性を正直に告白せよ(妹属性とかメガネ属性とか)
常識のあるいい子なら外見は何でもいい。
強気な姉御タイプだろうがおとなしい図書委員タイプだろうが。
>>萌え衣装を答えよ(メイド服とか背広とか)
男装?(<サラリと言うなこの人は)
あとはスカートですか。
>>萌え小道具を答えよ (包帯とか首輪とか眼帯とか銃とか)
いや・・・別に・・・。
もー意味わかんない、このへんの文化。
銃でどーやって萌えるというのか。
首輪はむしろつけられた方g(略
>>萌え仕草を答えよ (受でも攻めでもどっちでもいい。ときめく仕草)
舌をペロリと出して唇を舐める(マテ
>>萌え場所を答えよ (海とか山とかその二人がここにいると最高にいいっての)
ハワイあたりの誰もいない砂浜(時は夕刻)。
(つーかハワイで砂浜に人がいないとかありえねっつー)
あんま面白いこと書けなくてすいませんね。
ほら。僕まともだから(<今日のツッコミどころ)
僕は槇原敬之の音楽が好きです。
多分3度の飯より好きです。
飯の代わりに曲を聴けと言われたら喜んで聴いて栄養失調になります。
なぜなら体が栄養不足でも心が満たされるのだから・・・!!
*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゜・*:.。. .。.:*
(↑ツッコミどころ)
まぁ、ライブに行ったりDVD買ったり彼の出るテレビを総チェックするほどじゃないんですがね。
彼のファンというより彼の作る音楽のファンです。
しかしどーいうわけか彼の曲を聴く人間が身近に少なすぎる。
あんなにいい曲なのになぜ。
原因と解決策を考える。
■考えられる原因■
>>その1
キャラ。正直あの顔はしょうがない。
あまり容姿のこと言っちゃいけないかもしれないけど、顔だけならともかく、普通にしゃべってるときの声もなんかアレだし、トークも面白くないというかおやじくさいのは僕でも認めざるを得ない。
あまりトーク番組とか見ないんだけど、たまたま目にしたときはショック大きかったです。あまりの寒さに。
でもあれを面白いという人もいるらしく、まあ槇原を親しんでくれるなら否定はしないけど。
顔出さなきゃいいんだよ彼は。
曲はあんなにいいのに。
CDジャケットも全部イラストにしなさい(爆)。
SMAPの「世界にひとつだけの花」が爆発的に売れたけど、あれが槇原の作詞作曲だって知ってる人が意外と少ないことにびびった。
あの曲が売れた時は複雑だった。
槇原が認められた・・・のか?いや、多分SMAPが歌えば何でもいいんだろうな。いやしかし・・・というジレンマ。
つまり曲は間違いなくいいのに歌う人間で人は左右されてるのさ。悲しい。僕は悲しい。
まぁ、顔もさることながら事件のレッテルや、某疑惑のこともあるだろうな。あと、若者は所詮ラブソングにしか興味がなく、本当に大切なものを見つめようとしないんだよな。
でも僕は中学時代から聞いてましたよ。
■ファンになれとは言わないが曲を聴いてもらうには■
正直、聴いてくれるのであれば、僕はそーいうことに出費を惜しまないです。
身近な人にならお望みとあらばCD買って
くれてやりますよ、ええ。
歌詞に注目してほしいので録音したMDとかではあげません。
あげるときはちゃんとCDを買うと決めてます。彼に貢献することにもなって一石二鳥。
限度はあるから何十人にってわけにいかないけど。
となるとやはり限界点は低い。
何か手はないか。
ブログで紹介!
・・・すでにやってる。
つーか無理だな。多分僕もどんなにいい曲でも誰かがブログで薦めてるやつを聴いてみようとか思わないだろうし。
じゃあ仕方ない。
今のやる気なしの文体を一転して、超・好感度ありまくりのブログ管理人を再び演じ、うちのサイトが最盛期だったムードを復活させる。
そして
「キャーvいっべータンが好きな音楽ってどんなのー!?
槇原ー?誰ソレー、知らねー、でも聴いてみっかー」
みたいな方向に誘導する。
・・・無理。
今無理にテンション上げたら拒絶反応で俺の心臓が止まる。
じゃあアレだ。逆転の発想だ。
あまりにも意味わかんねーこととか、わからず屋っぽい文章をブログに書きまくって、
「へっ、こんなわけわかんねー男が好きな槇原の音楽とやらはどんなヘンテコ(死語)な音楽やらヽ( ´ー`)ノ 」
と、半ばからかい半分に聴いてみたくなるような方向性に・・・。
・・・・現時点ですでに変な人だもんな俺。
「部分撮り」の文字が見えて…。
どんな画像が写ってるのか…ドキドキしました(爆)。