(これでも他のブログよりは書いてる方だけど)従来の僕に比べたら最近ブログのカレンダーに穴が空きぎみで、
「ああ、新しく始まった仕事が大変なんだろうな」とか思ってる人がいるかどうかはさておき、まー仕事は確かに大変なことは大変なんだけど、今日は休みだったんですよ。
今日はおおいにブログを書けるじゃないか。
だから何かコラムめいたものを書こうと思ったんですけどね。
何も思いつかない。
ここ数日何も書いてないから本来なら書きたいことたまりまくってるはずなのに何も思いつかない。
ナンダヨこれ。
こんなのは僕じゃない。
数日前に、今後の僕について記事を書いたけど(
その1/
その2)、まさかこのとき懸念したことが見事的中ですか。
まあ、僕が複数のことを考えたりすることができないほどに
不器用っていうのもあるだろうけどさ。
日常、色んなことに追われると何かを
考えたりする余裕が無くなってくるんだろう。
ああ、俺は今きっと、当たり前の日常の煙幕で見つめなくちゃいけない部分の視界がどんどん奪われてきているんだ。
やだなあほんと。
空を見上げてあまりにも深い青だったときに
それだけで感動することができた自分とか、失いたくない。
テレビ見てる。なんか日本の歴史のエンターテイメントみたいな。
おもしろおかしく日本の歴史を学ぼう、みたいなの。
そこから平安時代の恋愛みたいな話に及んで、そっから現代の恋愛話をタレントどもが語り始めたんだけど、女が男を家にあげたらHオーケーに決まってるとか言ってる。
そんで、向こうもその気あるはずなのに、家にあげてまでダメだったらもうその女とは二度と会わないとか言ってる。
さあ!!!
言ってやりますか、この俺が。ガツンと!
というかもーこーいう話書きすぎてイヤになってきた。
だからもう言わない。
もう、全員氏ねとかお前ら全員虚勢しろとか、思ってても書かない(<書いてる)。
なんか、そいつらがおかしいだけなのにマジメに語ると俺がいい人ぶってるようにしか見えないからスゲー損な役回りだ。
というか、別にああいうのを批判することがイイヒトのステイタスなわけでもないのにね。
ただ、ああいう奴ばっかああいうことを声高に言ったりするから、女はこーいうもの、男はこーいうものっていうレッテルが無駄に貼り付けられることだけはマチガイナイ。
例えばだ。
ケータイが普及しただろ。
電話番号とか覚えなくなっただろ。
待ち合わせ場所とか決めなくなっただろ。
行き当たりばったりで何かあったらケータイで連絡とるだろ。
連絡とれちゃうから時間とかにルーズになるだろ。
何かあったら情報は全部ケータイに入ってるだろ。
あとカーナビが普及しただろ。
自分で道とか覚えようとしないだろ。
言われるがままに動くだろ。
自分で判断しなくなるだろ。
今の年寄りのボケより、今の俺らが年とったときの方が
絶対ボケとか激しいよな。
絶対。
最初に誤解の無いように言っておきたいんだけど、僕は性に関して特別な趣向があったりするわけじゃないです(爆)。まあ、男の中では平均よりは淡白かもしれないですが。
いや、何の話だよって感じですが性の話をするときは毎度あらかじめ言っとかないと誤解生じやすいからね。
で、まあそんなわけで僕だって男より女の子と一緒にいる方が楽しいわけなんだけど、時々性別に関する男女の隔たり?みたいなものが非常にわずらわしくなることがあるんですが皆さんどーですかね。
ちょっと前に
男女の友情/肯定派・否定派っていう記事とか書いたけどね。
なんか、恋愛だとかそういう感情抜きで単純に誰かの力になりたいなって思っても、
「僕は男、君は女」っていう理由で、踏みとどまらなくちゃいけないことってあるでしょ。
これ以上の親切は返って相手を惑わせてしまうことになりかねないから、僕が手を差し伸べてもいいのはここまでだな、って自ら手を引かなくちゃいけないとき。
しょうがないことなんだけど、バカみたいだなって思う。
人間てもっとシンプルに、誰かに力を貸してやってそれに対して素直に「ありがとう」で終われる関係であるべきだと思うんだけど、そんな単純な話で終わらない関係が性別による男女っていう間柄だ。
こんな時、異性愛とかってすげー邪魔くせえと思う。
何か手を貸してやったことで優しい人だとか思ってくれるなら別にその人の勝手だけど、別にそれは異性としての魅力じゃネーヨ、って思うことがたまにある。
おめーが困ってて俺はそれを見てしまった、それで見過ごすことが出来なかった、っていうそれだけのことなんだけど、ここで「いやいや、当然のことをしたまでさ」とか言おうものならそれこそ作為的な親切になっちゃうから、もう言い逃れは出来ない。
結果、手を差し伸べることすら許されないことになるんだ。
相手に思わせぶりな態度をとることになるからね。
だけどごく親しい間柄の僕の女友達は僕がどーいう人間かをよく理解してくれてます。
妙な作為による行動じゃないかと思われたらすげー心外だけど、僕の身近にはそんな受け止め方をする友達はいないので、こーいう意味で貴重というかありがたい存在。
やっかいなのは新しく知り合って日の浅い女の子の知り合いね。
どうなの一体。
もし人間に性別ってのが無かったらどんなにラクだろうって思う。
そうすれば何のしがらみや駆け引き・作為もなく人はより多くの人に手を差し伸べることが出来るんじゃないか?
人類が繁栄していくには性別・性差ってどうしても必要だったのかね。
生殖行為とかじゃなくても、細胞分裂とか、単体でクチから卵を生み出す雌雄同体のピッコロ大魔王みたいな繁殖方法じゃダメだったのかな。
性別ってものによって隔てられなくちゃならない理由を問い詰めたい。
その・・・神とやらに。
就職して3日出勤ました。今日は休みです。
朝7時20分ぐらいに起床、片道車で45分、夜は8時ごろに帰宅するという、1日のスケジュール的にはあまりにも普通すぎるもので、僕の周りの人間の話を聞いてると特別大変な方というわけではないと思います。
が。
世捨て人歴が長かった僕としては、朝起きて仕事して夜帰ってきて、なんていう当たり前の生活をすること自体数年ぶりです(バイトは夜勤生活だったので、昼間はゴロゴロしてるのがほとんどだった)。
このブランクのせいできついです。
茶道しか経験の無かった箱入り娘がシード権を獲得した高校野球のレギュラー選手と同じ練習をいきなりさせられてるような感じ。
帰ってメシ食ったらシャワー浴びる気力も無く、10時ぐらいにはくたばるため7時20分ぐらいに起きても間に合うのに翌朝5時とか6時に目が覚めるもんだから朝にシャワーを浴びるのが習慣になりつつあります。
そしてここ数日、このブログも、日記用ブログも少々更新が滞り、ブログのカレンダーにも穴が目立ち始めてきました。
というか更新頻度的にこれが当たり前なんだよね。
今までがおかしかったんだ。
さて、今後、僕が運営するブログはどうなるんでしょうね。
1.復活パターン。
⇒きついのは最初だけ。慣れてきたら帰宅後必ず何かしら書くようになる。
2.廃退パターン。
案外研修が終わったら残業が増えたりして更新が難しくなる。
もし後者だった場合どうするか。
2−1.カレンダーに穴が開き続ける
2−2.日付詐称して休みの日にまとめて書いて、意地でもカレンダーを埋める
2−3.日付詐称までしないが、「昨日は書かなかったから今日は2回書こう」みたいな、更新するときとしないときの頻度の差が激化する。
2−4.このまま更新できない日が続き廃れていくので、やがて日記と雑記用ブログを合併し、ひとつのブログ上で日記と雑記を共に書く。
しかしまあ、日記と雑記用のブログは、例え更新頻度が低くなっても区別しといた方がいいと思う。
この先いつまでブログやるかわからない(ずーっとやるかもしれない)から、ひとつにまとめたらやっぱりログは膨大な量になるだろうし。
でも日記もなあ。
働いてると書けることと書けないことの差が出てくるよな。
気を抜くと情報の漏洩や会社の名誉に関わるようなことを無意識のうちにうっかり書きかねないからアフォなこと書くにしてもそのへんはちゃんと意識しなきゃだし。
まあ、どんな仕事してるかとかも一応伏せといたほうがいいのかね。
何かを売ってる仕事で、お客さんに直接接する機会が多いっていう漠然とした立場として日記のほうはソレでやっていこうかなとか思ってます。
時間がかかるだろうけど、現段階で僕の顔がわかる写真はブログやサイトから少しずつ撤去していこうとも思ってます。
何が責任になるかわかんないからね。
客の前に顔見せる仕事だから、僕の顔も個人情報のひとつだ。
「あの店のあのにーちゃんがネット上でこんなこと言ってやがる」
みたいなことも、まあ今となってはブログ人口も増えまくりで顔出してる人間なんてたくさんいるからそうそうあるわけないけどありえない話じゃないしさ。
ここ3年ぐらいは僕の顔は載せてないつもりだけどそれ以前のファイルはまだあるからね。
ところで夜になると外は暗くて中が明るいから、窓ガラスに自分の姿が映るんですよ。
シャツにネクタイ締めて働いてる自分の姿が窓ガラスに映ったりして、
「結構サマになってやがるなあ」とか思ったんです。
いや、別にナルシストじゃないですが。
今は覚えることがいっぱいいっぱいで、働いてるときだけは、
僕が今抱えてる問題のことは忘れることができる。
だけどやっぱりそれが逆に怖いね。
社会に出ることで僕はこれから色々なことを学んだり色んな世界を見て多くのことを経験していくんだろう。
だけど、視界が広がる替わりに、社会人としてじゃなく、家族や友人たちと培ってきたより人間的な部分が見えなくなったり失ってしまったりするんじゃないかというような不安がよぎる。
まあ、そんなひどい人間になるとは思ってないけど、人間てのは色んなことを正当化するからさ。
働いてる自分に誇りを持ち始めると、間違ったことも正しいと思い込んだりして、本当に心を痛めている人間に対して独善的な言葉を平気で投げかけたりするもんだ。
もし、僕の中にそういう変化が現れてきたら、ブログの過去ログを見れば考え方の変化というのは手にとるようにわかるだろう。
そんな過去の自分を記録しておくためにも、
僕はブログやネット上で自分の考え方やあり方を記録しておいてよかったと思う。
読んでて面白いとかつまらないとか、どの考え方が正しいか間違ってるとかじゃなく、あの頃、僕はこんなこと考えてたんだよな、っていう、そーいうのでいいんだ。
ちょっと前に似たようなこと書いたけど▼
関連記事:
これからの僕ところで、
面白いテンプレート見つけました。
2列まとめて表示というのは、更新頻度が多い僕に向いてるというか、一列にしたら縦にみっともなく長くなっちゃうので、これ結構よかったかも。でももうそこまで更新はできないだろうな。
最近男女の友情否定派の人と語り合う機会が多い。
別に否定派を責めたりとか、ガッカリだぜ、とか言うつもりはないんだけどね。
でもなんか話を聞いてるとちょっとな。
何とも言えない気分になるな。
なんていうんだろうな。すごく難しいんだけど。
多分、相手がどうであろうとそりゃ人それぞれでいいんだけど
あからさまに否定されると、俺の女友達の存在まで否定されたような気分になって、多分そっちの意味で悲しいんだ。
俺にとって結構女友達の存在ってでかいからな。
女の子の恋愛感は好きじゃないんだけど、それ以外は男よりも一目置いてるっていうんですかね。
もちろん友達として親しい方がむしろ逆に特別な感情を抱きにくいもので、さほど親しいほどでも無い段階のほうがむしろ特別な感情っていうのは抱きやすくて、うーぬ、何なんだろうな、こーいうアレは。
何ていったらいいのかわからないんだけど、何のしがらみもなく、単純かつストレートに相談できる相手だったり、むしろ特別な感情を抱いていたほうが話しにくくて「異性の友達」だからこそ話したり出来る、っていう内容のこともあったりして、そんなことを話せる人が身近にいるっていうことが結構俺の中では大きな誇りなんだよ。
誇りっていうのはただ楽しかったりとか面白半分で築かれたりするものではないから、それって特別な感情なんじゃないのかって言われたらこれも返答に困るんだけど.
でも仮にそーいう彼女らとしかも僕がフリーのときで付き合う機会があって、それでつきあっていたかどうかっていうのは、想定の範囲内ではまずなさそうだ、って思ってはいる。
まあ実際そういう状況になったことはないからどんな選択肢を選ぶかどうか断言はできないけど。
それは彼女らに異性としての魅力が無いからじゃなくて、むしろそういうものを上回る魅力があって、大切に思うっていう分野が少し違うだけなんだ。
とか言うと、恋愛を上回るってそりゃやっぱ特別じゃねーか、って話になっちゃうんだけど・・・えーっと。
誰か助けろ!

なんなんだ一体・・・。
いや夢見たんですけどね。
最近重い夢ばっかりで夢日記全然書けなかったんだけど久々にアフォっぽい夢見た。
過疎化した地域で、生徒も激減してる小学校を訪問するんですよ。
目的はわかんないです。その小学校を救うとかそんな立派なものだったのかどうかは覚えてません。
ともあれその小学校は危急存亡の危機を迎えてました。
体育館に全校生徒が集まり、集会が開かれ、僕もそこに招待されて同席する。
で、先生がマイクを取り、生徒たちにこの小学校についてお話をしようとしたのかと思いきや。
何を思ったのかその先生、
「実は皆にお知らせがある。
先生は・・・先日からゆうこりんと付き合い始めた!」
とか言い出したのね。
なんだコイツは、とか思ったけどその先生はなおも続ける。
「ゆうこりんはもう先生に首ったけだ。
先生はもう、先生をやめる!」
ぶっとばしてやろうかと思って立ち上がったら、同時に生徒もその先生に向かって大ブーイング。
おう、そうだ、怒れみんな!怒れ怒れ!
とか思ったら生徒たちは
「ずるいぞセンセー!」
「俺たちもゆうこりんとデートさせろ!」
とかなんかそんなこと言ってんのね。
くそう、目を覚ませみんな!
アレのどこがいいんだ、目を覚ませー!!
とか思ってたら俺の方が目覚めました、っつー。
そーいう夢。
言うまでもなく、寝る前に見てたテレビにあのゆうこりんとやらが出ていたのでその影響と思われるが。

例えばだ。
中途半端に見せる優しさは返って相手を傷つけるとか、思わせぶりな態度を見せないでくれとか言うだろ?
でもそんなことを言う女に限って最初から突き放せば冷たいとかデリカシーが無いとかもっと気遣えとか、そーいうことを言うんだよな?
そこまではわかった。
じゃあそんなとき、こちら側はどうすべきか、というのは永遠に解けない謎なのか?
ああ、すげえ久しぶり、色恋ネタ。
そろそろうちのサイトも本来の色を取り戻しますか(爆)。
あ、ちなみに何かトラブルがあったわけじゃないデスヨ。
過去に色恋ネタを色々書いたなあ、ということを思い出してね。
書いてみただけさ。

今朝、首を寝違えて、痛みが尋常じゃないです。
いつだかオリンピックの北島何がしとやらのモノマネで首をゴキンゴキンってやったら痛めたことあるけど、あの時に匹敵する。
ラーメンが食えなかった。
(←これは今日撮ったラーメンじゃないので食べれましたが)
食おうと思って首を前に突き出そうとすると痛いので、突き出さないで食べようとするとゲレゲレゲレーってなる。
普通に座ってても痛いので、横になってるしか無い。
横になっても、本を読む姿勢とかも取れないので何も出来ないし、一度横になると両手で耳のところをガッって持って頭を持つような感じにしてからじゃないと起き上がれないです。
階段を下りるたびに頭の重みが首に負担となって襲い掛かるし、さっきはくしゃみをしたときにその衝撃で死に掛けました。
こう考えると人の体ってのはよく出来てるっつーか、健康な状態ってのはほんとにとんでもなく素晴らしいことなんだな、って思う。
普段なんでもないことが、たった一つの不具合で何も出来なくなる。
よく指を怪我したときも、何かをするたびに痛んだりして、普段は全然意識してないのに、普段、いかにその指がよく使われているかってことに気づかされて、たった一本の指の存在にありがたみを感じたりとか。
つい「いつもお疲れ、俺の指」とか言いたくなる。
見えないくらいすんげー小さなトゲが刺さったときも、見た目は全然大したことないのに結構鈍い痛みがズキズキと続いたりして、あれっぽっちのことでこのザマということは、体のどこにも何も異常が無い状態で漫画読んだり外に出かけたりできるのって実は奇跡に近いことなんじゃなかろーか。
例えば口に入れた食べ物を飲み込んだり、息を吸って吐くっていうだけの動作でも、人体の無数の機能の全てが正常に働いてこそなせるわざなんだよな。
つーことは同時に僕たちの身の回りにはそれだけ健康を損なうことになる要素と隣り合わせになっていることでもあって、なんかこーいうのを認識するのは大事だとしても、意識するとちょっと怖くなったりしてな。
僕は人を家に呼ぶのが好きな方だから(自分が気を使わないから)誰かを家に呼びたがる理由はとてもよく分かるけれど、それとエッチは結びつかきませんね。
むしろ家に上げたからと言ってそう考える男を軽蔑してしまいますよ。
僕の家に上げたからにはルールは僕。
客である自分に主導権はないと考えてもらいたいですね。
それとも僕のほうが自己中ですか?