ブログ道

もう一個の日記用のブログについて小話をします。
こんだけ長い間ネット活動してると、サイト(今はブログ)を閉じようかな、って本気で思うことも何回もありました。
で、結局書き続けてるわけだけど、今も正直、俺、日記書かないほうがいいんじゃないか、とか思ってて、どーしようか迷ってるとこです。
まーこんなことを日記に書いてる時点で「僕はやめません」って言ってるようなもんですけどね。
本気でやめようと思ってるなら多分こんなこと書かずにいきなり「わけあってブログやめます」とか言ってさっさと退散してるはずです。
ただ、まあこのブログは誰かのために書いてるわけでもなく、ただの僕の記録でしかないのでね。
「今日はこんなこと思ったよ」てなことを記録としてつづってみただけです。
日常生活で自分の考えを表現できたり、心境を記録したりなんて機会はなかなか無いから、ブログやホームページって結構貴重な場だと思う。
普段から自己表現を苦手とする俺には必要な場なんじゃないかな。
そんでついつい書き綴っちゃう。
だけど、おそらく俺は今、後にも先にも人生で一番痛々しい時期だ。
今や俺の身近な人もこれ読んでたりしてるし、それをわかってるのに、読んでて心配をかけちゃうような文章を書くのもどうかと思うのね。
でも今の俺はどう頑張ってもそーいう文章になっちゃうわけ。
だからブログ自体をやめないにしても、せめて俺の知る人間の目の届かないブログを立ち上げてそっちで1人で勝手に書くべきかな、とか思ったりもしてるんだけど、たまには何てことのないくだらない話もするでしょ。
そーいう話とか、聞いて欲しいような話とかもたまにはあるから、結局ずるずると今の環境に甘んじちゃってんだよな。
まーこんな俺だけどさ。
それでも読んでくれてる人たちに感謝するよ。
まあな、言いたいことはわかるんだが、やっぱり違うんだよ。
そして俺が間違ってるのもわかってるんだよ。
例えば水難事故に遭えば、わけもなく水が怖くなるだろ。
フツーに考えて洗面器一杯の水で溺れるわけないけど、たったそれだけの水が怖くなったりするだろ。
これはもう理屈じゃないんだな。
どっちが正しいか間違ってるかを追求したら、理屈的に考えて水恐怖症患者の方に改善の余地がある。考え方一つの違いや姿勢でどうにでもなる問題かもしれない。
でも口で言うのは簡単でも行うのは難しだ。
それに俺には、水難事故の恐怖を忘れちゃいけない最大の理由があるんだ(水難は例えばの話で、俺が水難に遭ったわけじゃないけどね)。
そして洗面器一杯の水に怯える心境なんて、どんな言葉で表現したところで感覚的理解にまでは絶対及ばないから、別に俺は誰かにわかってもらおうとも思わないし、俺の言うことに対して意見を掲げられたところで、それに対して言いたいことがあっても言う気にもなれない。
反論すらしないことが、きっと他の人間には逃げだとか、図星を突かれたんだろうだとか、そういう風に映るかもしれないけどね。
それは断じて違うけど、放っておいてもらえるならそう思われてもいいです。
俺自身、まともな頃は、今の俺みたいなこと言ってる人間て理解不能だったから、なおさら、まともな人に話すだけ無駄だってことがわかるんだよね、皮肉にも。
当時は俺も、こーいうこと言う人間を、ただひたすら前向きにさせてやりたくて色んなことを言ってみたりしたもんだ。
でも今は、それが残酷なことだったんだってことがわかる。
いや、別に皆さんが残酷だとか言うわけじゃないんだ。
魚介類が飢えているナメクジに塩水を与えるというのは、魚介類にとっては親切でしかないからね。
そいつが弱いものにしてやれる精一杯の行動であることに違いない。
前回に引き続き、昔を懐かしむシリーズ第二段(というか前にも似たこと書いてるかもしれないけど)
ケータイが普及する前はポケベルが大流行。
今では減少している公衆電話の前には女子高生の行列ができ、ゲーセンにはポケベルの早打ちゲームもあった。
それ以上昔は当然ポケベルも無い。
初めて女の子の家に電話をするときは家の人が出たらどうしようと受話器を持つ手に汗がにじんだり、今の子供はそんな経験も無いんだろう。
自宅の電話も親機・子機の区別もなく一家に一台のみ。
家族がいるところで電話をかけるときは会話を聞かれやしないかとドキドキしたり。
その電話は黒いダイヤル式のもので、なぜか今とかではなく設置されているのは廊下とか玄関。
あと電話やドアノブとかティッシュにフリルのカバーみたいなのついてなかったっけ。
あれって流行だったんだろうか。
テレビも今では各自室に一台が当たり前。
昔は居間に一台しかなく、父親の野球中継と子供のテレビアニメで、お互いCMに入った一瞬の隙を突いてそれぞれが見たい番組を見たりした。
TVゲームは1日1時間という掟。
この掟は昔から守られることはなかったけど、今ではこんな掟自体存在しないんじゃないだろうか。
なぜなら今は親がファミコンで育った世代だ。
習い事はそろばんと習字が主流。
朝は牛乳屋が配達とかしてたような。
朝起きたら父親はすでに会社に出かけててすごいなーと思った。
すずめの鳴き声とかももっとたくさん聞こえてた気がする。
実はつい数年前まで、うちの近所にはあの伝説のラッパを鳴らしながら豆腐屋が回ってきてたけど最近聞かなくなったな。
ガキの頃は林の中に秘密基地作って日が暮れるまで遊んだな。
夕立のにおいとかもっとあざやかな気がするけど今はどうだろう。
引きこもったり仕事に追われてたりで夕立に出くわすことも近頃ではあんまりなくなったな。
明るい未来を信じてた
豊かな時代を目指してた
希望が溢れてた
全てがキラキラ光ってた
平和が続くと思ってた
あの日に帰りたい
明るい未来を信じてた
予想もつかない幸せに出会うと思ってた
僕らは一体いつどこで何を忘れてきたんだろう
あの日の夢を見る
【嘉門達夫「明るい未来」より】
さて本題。
言いたい事の理論はある程度わかるけど、
どうしても納得できないところがありまして。
それは、ほんの少しの水も怖いのになんでワザワザ水で満たされた洗面器を手に持って
「水が怖い」と叫ぶのかという事。
水難事故の酷さや恐ろしさを忘れないという事は、
常に水から恐怖を与えられ続けなければならないという事と同義ではなくない?