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[ 2004年07月27日 21:34 ]
生死意義あり!明らかに矛盾しています! 

タイトルとは裏腹に真面目ネタです。

数ヶ月前の日記を欠かさず読んでくださった方の中には「どうやらいっべー氏には障害を負った身内がいるらしい」ということは薄々感づいてる人もいるかもしれません。

しかしそれがどう言ったものなのかを具体的にネットで公開したことはないので詳細を知る人はいないと思いますが、弟は進行性の筋ジストロフィー症という病気です。体が栄養を吸収することができず、筋肉はどんどん萎縮していき、生後、時間が経つにつれ歩行が困難になり、やがては車椅子による生活を余儀なくされ、しまいには寝返りを一人で打つこともできず、動くのは指先だけとなり、寿命は二十歳前後に限られるケースも少なくないと言われています。

それでも弟はこの病気を受け入れ、障害を持っているからこそ経験できることもある、と、あらゆることに前向きに取り組み、家族も寝食をいとわず次男のために全力を尽くして介護生活をしてきました。

俺たち家族がいままでどんな時間のすごし方をしてきたか、その歴史を人に理解してもらうことは決してできないとさえ確信しています。

そんな弟が心無い人々に虐待に遭い、恐怖のあまりに精神錯乱状態に陥ったのが去年の夏。恐怖とショックのあまり、目はうつろ、幻覚・幻聴の症状、人間に対し極度の不信感を抱き、家族でさえ、ちょっとした動作にも敏感になり、我々家族は以前のように言葉を選ばずに冗談を言い合い、ケンカをしては仲直りをするというごく普通の生活は皆無となりました。

おかしくなるのではないかというほどに神経をすりへらし、発言には言葉を選び、慎重に、慎重に心のケアをしながらすごしながら約1年。

社会的に弱い立場にある障害者への虐待、体が身動きとれず、身をかばうこともできない状態で生命の危機にさらされるほどの仕打ちを受けたとして、何とか加害者に償いをしてもらいたい。この1年、俺が1日も欠かさずに願い続けてきたことです(最近の日記がフヌケで、「ウツだぁ、ウツだぁ」と繰り返していた原因は言うまでもなくコレです)。

しかしそれにはいくつもの問題が立ちはだかり、1年経過し、本日、ようやく弁護士さんに相談に乗ってもらうことができました。

それでも毎日馬鹿みたいな日記を書き続けてきたのは、それがこんな状況で俺に唯一与えられた現実逃避の手段だったと言えます。ユーモアは身を助く、というのには意味がちょっと違いますが。家族で通常の日常会話も難しくなり、一時の息抜きとして馬鹿なことでも言ってないとやってられませんでした。それでもどうしても暗い気分が日記に表れてしまうことがここ1年たまにあったわけですが。

そして、こういう苛立ちがつい、掲示板等のコメント欄に表れてしまい、人に不快な思いをさせてしまったこともありました。この場を借りてお詫びしたいと思いますが、しかし俺自身も正直いっぱいいっぱいでした。

1年経った今も俺は内臓に硫酸を振り掛けられるような思いでいますが、こういう時に感情的になったらこちらの負けだというのはよく承知しています。加害者を顔面もみじおろしの刑にしてやりたいながらも、しかるべき処分を下せるのであれば、そのためなら冷静にでも何にでもなろうとぐっとこらえ続けてきました。

しかし弁護士先生もさすがです。「ここらへんをどうするかが具体的じゃない気がするなあ」と我ながら懸念していた部分をズバリ指摘して来ました。「あ、やっぱそうですか」てな気分です。そしてここで敢えて加害者に責任追及をするとなると、被害者である弟本人の証言も不可欠となり、そうなると(健全な精神を喪失するほどの)惨事を何度も何度も証言するとなると周囲の一年がかりの精神のケアも無になりかねないフラッシュバックの可能性や弟本人の精神面の危険も危惧されることから、そう簡単に法的手段をとるわけにもいかない。

もはやこれは弟だけの問題ではなく、家族の心労などもあり、人生の教訓として得る代価としてはあまりにも大きすぎますが、こういうとき、家族の「思い」なんていうものは本当に無力なのだな、と思い知らされました。そのぐらいのことはわかっていましたが実際に味わうものとはやはり違います。

夫婦が離婚するときに慰謝料がどうとかと騒ぐのをよく聞きますが、彼らは離婚したって通常の毎日を送ることができる。俺たちはごくふつうの日常生活ができるかどうかの本当の意味での瀬戸際なのに、本当につらい思いをした人間が救われることができないとは、なんて皮肉なのだろう。離婚うんぬんで慰謝料関係で大騒ぎしなくても、お前たちには自由に動くその手足があるじゃないか、と言いたくなる。

俺は別に、慰謝料がほしいと言っているわけじゃない。あんな加害者どもから金を巻き上げたたとしても、俺たちはそんな金は使いたくもない。ただ、弟のためにあんなにも努力してきた日々が全て否定されたままでは報われないから、慰謝料なんかじゃなくても何らかの制裁を受けてほしいのであって、それは今後、同じような被害者を出さないためにもつながるんです。

しかし勝負は思ったより早くつきそうです。悪い方向に。

相談に与えられた時間は25分。何て短いのだろうと思ったけど、いざ応接室で席についたときは全身の筋肉が硬直し、口の中はカラカラに乾き、側頭部に痺れさえ感じ、なんだかよくわからない感覚に包まれました。時間も長かったのか短かったのかよくわからない。

頭は混乱し、俺の趣味でお気に入りのゲーム、逆転裁判の弁護士バッジの本物を、まさかこんな形で目の当たりにすることになろうとは1年前は予想もつかなかったな、とか、関係ないことまで考えてしまいました。

さて、俺が弟の障害についてちらほらと日記などで触れるようになったのは1年ちょっと前くらいです。3年以上も前からホームページという自己表現の場を持ちながら、どうしてそのことに触れなかったかというと、障害を持ちながらも一生懸命に生きようとしている弟を目の前に、俺が一人で「弟が障害を持っていて、今日はこんな介護で大変だった、弟にこんなことがあった」というのは、その弟の努力を無にしてしまう行為のような気がしたのかもしれません。

そしてこういうことを日常的に語ることによって、そのことに順応しすぎると、もし俺自身に何かがあったときに、「自分は特別な環境で育った人間だから仕方がない」と、弟の病気のせいにしてしまうことも怖かったというのもあります。

障害を負っている本人だけじゃなく、親・兄弟も独特の苦労をしていることは事実ですが、当事者が前を向いているのに兄である俺が後ろを向くのが何となくいやだった。

そしてそういう介護生活を記すことは、人々に同情の目を請うような気がして、それも嫌だったんだと思います。「重い障害を負ってて大変だね」「頑張ってくださいね」そういう声を俺は聞きたくなかった。

障害を苦と考えない弟の考え方に俺も便乗するように極力努めてきました。障害を負うことはそもそもかわいそうなことじゃない。頑張ってくださいね、と言われても俺たちは介護を日常の当たり前の生活リズムに取り入れて毎日を過ごすだけだ。

俺たちは、障害を負うことを、あるいは身内に障害者を持つ生活を、「あたりまえの状態」として受け入れたかった。哀れむような目で見られるのがいやで、少しでも普通の人たちに近い感覚で毎日を過ごしたかったんです。

だから、必要なときを除いて、弟の障害のことについてあまり詳しく人に話すこともありませんでした。

しかし今回の事件で「障害を持つことは不幸だ」という考えが俺の頭の中から拭い去れなくなってしまいました。決してそうじゃないのはわかっているのに、そう考えずにはいられない。この苦しみがいつまで続くかわからないけど、それでも俺たちは前に進むしかないんだ。

これからは、障害者に対する理解を少しでも多くの人に深めてもらうために、専用のサイトでも立ち上げてつづっていってみようかな、とも考えています。障害者の兄弟というのも非常に独特な立場で、こういう立場だからこそ経験できないことや、同じ立場にいる世の中の人たちの救いになれば、と思います。

何しろ自分は健康体だけに、通常とは違った環境で育つという苦労を強いられても障害者の兄弟というのもなかなか理解されにくい立場なのでそういう方面の理解を広めるのもよいかと思います。

が、やはり気は進みませんけどね。
大変なのは事実だけど、やはりそんな風に思われたくない。
当たり前のように皆と笑ったり怒ったり泣いたりできるのが一番いいんだ。





余談ですが。うちのサイトのとほほLV25という名称ですが、LV25は年齢を指すらしい、というのは結構知られてるようで、「翌年はLV26になるの?」という質問も1~2回いただいてますが、俺にとってはこの「25」がマックス値。

すなわち過去にも未来にも、俺の人生の中で最も修羅場なのがこの25歳のときだという確信があり、この年のことは決して忘れてなるものか、という決意の表れがこのサイト名に密かに込められているものだったりします。それで昨年改名しました。

中身はちゃらんぽらんなコンテンツばっかりなのに重い意味でごめん(爆)。
| いっべー | 2004/07/27 9:06 PM |



以下、以前に別のところで皆さんからいただいたコメントです。



重い内容に正直動揺を隠せません
ただ、「読んだよ」という事を伝えたくてレスしました。

最近、病気に関する漫画やドラマを好んで見るので
あらゆる病気(病人)に対しての考え方が変わりつつあります。
そんな中でのこの日記
いっべー君とは直接会ったりもしてるので感慨深いものがありました
今、内容についてレスするにはあまりに言葉を知らな過ぎます(まとまらない)ので今日はここまでとしておきます

追伸
これを読んだからって、付き合い方を変える事はないですよ
| リナパパ | 2004/07/28 1:15 PM |



こんにちは。
書き込みさせていただきます。というよりは日記を読ませていただきました。ということを伝えようと思っただけです。
それと、いつもコメントをありがとうございます!
見てくれるとpv数が増えるのですが、コメントがないとさびしいものです。
| ran | 2004/07/28 5:40 PM |



レスはこちらに記載しました。
http://blog2.fc2.com/ibbeh/blog-entry-154.html
| いっべー | 2004/07/28 7:12 PM |


本当に丁寧に読ませていただきました。
ただ……あまりにもテーマが重過ぎて、どういう言葉を
かけてあげたらいいのか(レスをしたら良いのか)
分からないままです。でもいっべーさんの気持ちは痛いほど
理解できます。
いっべーさん、リナパパさん同様私もこれを読んだからと
いって、いっべーさんに対する態度が変わることは決して
ありませんからね。

| 緑馬 | 2004/07/30 9:38 PM |



まあ、色々言葉をかけられても僕自身も何と返事をしたらいいのかわからないという部分もあると思うので、何かを感じてもらえたらそれだけで十分であります。ありがとうございます。
| いっべー | 2004/08/01 9:33 AM |


そうだったんですね。んー―― (´-`)
私も自分が病気になって考え方が変わりました。
私の場合、完治するのは歳老いてからになります。でもそれまでは対処療法に。(投薬、注射で)女性特有の病ですけど。今までと本当になにもかも違ってみえてきます。知らない方が精神的苦痛にならずにすむこともあるなぁ~。私もかなり鬱になったし。心ない人からいろんな事いわれましたし。家族もかな。今は落着いたけど。
でもいつまでも落ち込んでいると時間は過ぎていきます。私なんかもう4年過ぎました。前向きにいくしかない。と思う!
| macha | 2004/08/09 2:20 AM |


>前向きにいくしかない。と思う!

そうなんですよね。なんか健康な体で日々普通の生活ができてる人から言われるとその気になれないんですが、結局はこれしかないんですよね。本当は自分でもわかってて。

ただ、障害を負っているというだけでも、その前向きの姿勢を保つのはなかなか困難で、そこに虐待となると、かろうじて支えていた支柱が、だるま落としみたいにスコーンってぶち抜かれたような感じで。そうなると再建するのにもさらに気力がいる感じです。とほほ。

でもそれでも前に進むしかないわけで。お互い頑張っていきましょう。
| いっべー | 2004/08/09 2:28 AM |


>ただ、障害を負っているというだけでも、その前向きの姿勢を 保つのはなかなか困難で、そこに虐待となると、

 そうか、、、、。んーーーー。ひどすぎる。

私の高校時代の友人について、今でも親友かな。その友人は耳に障害をもっています。だから、かなりいろんなことを気にするようです。でも私を励ましてくれるんです。そんな時、しっかりしないといけないなぁと思う。だから前向きに考えようと思いました。
でも、ごめんね、詳しい内容をまた読もうと思うのだけど、虐待した人には必ずダイレクトに負の体験が降りかかってくると思う。人を思いやれない人には、いつか自分も反対の立場になって考えなければいけないときが必ず来ると思う。その時に気づけばその人も改心することになると思う。された人はいつまでも覚えているよね。した人は忘れていくみたいな。適切な言葉がみつからないのだけども。家族が悲しみに浸るのは私も勘弁ならないです。
| macha | 2004/08/09 2:50 AM |



うわ、今読み返したらちょっと誤解を招きそうな文章。

>なんか健康な体で日々普通の生活ができてる人から言われるとその気になれないんですが

この「健康な・・・できてる人」はmachaさんのことを言ってるように見えるかもしれないですが、違います、すいません。machaさんも大きな問題を抱えてる一人という認識で書いたので「健康な・・・できてる人」は他の不特定な人を指したつもりでした。言葉が足りなくてすいません。

===ここからお返事===
>>machaさん
>高校時代の友人
体に障害を負っている人って、実は結構ほがらかな性格の人が少なくないんですよね。僕の弟もそうで、障害を負っていることをプラスにとらえ、色々な人の相談にも乗り、僕よりも生き生きしている面がたくさんありました。そんな弟だから僕も今までやってこれたんだと思っています。

とにかくこちらの励みになるということは相手にとっても嬉しいと思いますよ。

>人を思いやれない人には、いつか自分も反対の立場になって考えなければいけないときが必ず来ると思う

人の汚い部分を見すぎて気持ちがすさんでしまったせいかどうかはわかりませんが、僕はこういう風には思えません。
こういうことに気づかない人はきっと一生気づかない。彼らがこの先こうむる不幸なんて、どんな目に遭ったとしても障害を負いながらも虐待を受ける苦痛に比べればたかが知れており、自分の身に何かが降りかかっても「ふざけんな」と罵声を飛ばして終わるのが現実なのではないかと。僕は今まで理想論を並べすぎた。

だけど、それが間違っていたわけではないんでしょうけど、それでも今までの考えを否定せざるを得ない状況にさせられたことが非常に悔しいです。

例えば「周囲の理解さえあれば傷害を持って生まれることは不幸ではない」という考えは弟も僕にも共通する考えで、それは事実のはずなのに、彼らのせいでそう考えることができなくなってしまったこと。こういう状況にさせられたことが無念でなりません。
| いっべー | 2004/08/09 7:23 PM |


>この「健康な・・・できてる人」はmachaさんのことを言ってるように見えるかもしれないですが、違います

あ、心配かけてしまいました?文章からわかりましたので問題ないです。(b^ー゚)♪

>人を思いやれない人には、いつか自分も反対の立場になって考 えなければいけないときが必ず来ると思う

言葉がきれいすぎました。したことは自分に降りかかってくると言いたかったのです。現世でなくても来世に。こう書くと変な人と思われるけど、前に生きていた自分が出来なかったことや、人に対してしたことなどが今生きている自分に試練となり体験していくということなんです。それをどう克服していくか。乗り越えていくと自分の魂はまた違う段階に成長していくそうです。この世に生きているのは修行しにきているんだそうです。これは、江原啓之さんの本に書いていた事なんです。少なくとも私はこの本を読んで少し樂になりました。信じるかどうかはそれぞれその人に任せるしかないですが。

>人の汚い部分を見すぎて気持ちがすさんでしまったせいかどう かはわかりませんが

 汚い部分・・・・・・・。うーーーん。私も見ました。それも好きだった人に言われた時に、はじめて、この人の本性みたり。というか。私の場合、それがある○だったわけなのですけど。自分の汚い部分もそのときに知ることにもなったけど。でもきれいなままでは生き抜く事ができない時もある。いい人でいたいけどそうしたいのにできない選択もあるし。友人にも裏切られたこともあるし。上司にも、いいように使われたし。いろんな汚い部分がある。でも生きていかないといけないというか。だから自分の奥底にあるきれいな心というものを自分で守るしか結局はないと思う。片目を時につぶってしないといけないことも。

>こういうことに気づかない人はきっと一生気づかない。

 気づかない人多いよね。ほんとに。でも気づけない人はまだ、魂が赤子の段階なんだと思う。そう、いくら歳をとっていて高い地位にあったとしても、気の毒な人なんだよ。まだ気づかせてくれる人がいたら感謝しないといけないくらいなのに。哀れとしかいいようがない。そう言っている自分もある人から見たらそう思われているかも。思いやりという心を失いたくないです。

本当に重い問題だ。私もある人の言った事で、家族が悲しい想いをしたことがあった。今もかな。でも、どうして人って弱い部分にばかり集中攻撃するんでしょうか。虐待、んーーー。いじめは自分もされたけども、暴力となると。んーーー。私なら殴り返すことできるけど。体が動かないとそれもできない。なんということをしたんやろうかな、本当にひどいな。でも、いつか、いっぺーさんの心の痛みを治してくれる方が現れて、少しでも、よい方向へ行くようになることを願います。でも私が思うその人とは、家族かも。恋人とか友人は時として、やっぱり他人と思うことが多々あるから。そんなとき、片目をつぶらなきゃいけない時もでてくると。(*^ー^)ゞ⌒☆ でも今、弟さんにいっぱい楽しい思い出作ってあげよう。私には妹がいますけど、妹のほうが姉よりしっかりしているので反対に心配されているけど。長男長女ゆえの悩みとかならわかる部分あるし。歩いていきましょうぞ。
| | 2004/08/10 1:33 AM |



>現世でなくても来世に

僕は輪廻転生と言うものを信じていないのですが、信じる信じないは別として、もしそういうものがあってもあまり関係ないかな。

これから先がどうであろうと、僕は僕として、弟は弟としての人生を精一杯生きてるわけで、来世で救われても仕方ないし、ひどい人間に対してもそうです。

加害者のこれからなんてものには全く興味がない。例えば加害者が今頃どこかで事故に遭って大怪我をしたとしても「自業自得だ、ざまあ見ろ」とは思わないんですよ。

あくまで「僕たち家族に甚大なる被害を与えたことに対して」つぐなってもらうまでは、向こうがこの先どうなろうと関係のない話。

>でもきれいなままでは生き抜く事ができない時もある。いい人でいたいけどそうしたいのにできない選択もあるし

あー、これは同感です。
| いっべー | 2004/08/10 5:52 AM |
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