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[ 2005年03月11日 23:24 ]
生死受け継がれていくもの 

先日亡くなった弟は僕なんかよりも何倍も物知りで、極端な話、人生経験上僕の方が上であっても、世の中の知識に置いては僕なんか足元にも及ばなかったです。

政治、歴史、心理学などの学問を初め、世の中の動きや、テレビや芸能人などの娯楽文化や流行においても色んなことを知っていて、「何でそんなこと知ってんの!?」と家族はいつも驚かされてたんですよ。

最近「ああ、これは弟に聞けばわかることなのにな」って思うことが多くて、知識の宝庫を失った感じです。
そこで思ったんだけど、やっぱり人が亡くなって失われるものってその人の知識もそうだけど、他にも経験や考えたことなど、脳に詰め込まれたものが全部失われるんだよね。


もちろんその人自身がいなくなることも悲しかったり惜しかったりするけど、いくらその人の存在を残された人たちによって語られていくとしても、やはりその人だけが経験して得たこと、思ったことや感じたこと、自分以外の人間に伝えきれずにいたこととかは完全にゼロになってしまう。

ここは私情は抜きにして、そういうのって単純に「もったいないな」って思う。

人間ぐらい複雑な精神構造をした生き物なら、具体的に言語化した情報だとかそういうもの以外にも、抽象的なもの(例えば感じたことそのものだとか、概念や感情や記憶など)も他者に伝達する手段を持っていてもいいのにな、とか思う。

せめて他者でなくとも、子孫を繁栄させていく仮定で、そーいう記憶のたぐいを直接子孫に伝えていく能力が人間に備わってればいいのに、とか思うんだけど、もしそうなったらどうなるだろうか。

人が得た経験や感情、知識などがもし、能力によって子孫に伝えていくことができたら。

とか考えてみたんだけど、年端もいかない子供がいきなり愛と恋の違いだとか議論しはじめたり、サインコサインだのが屁でもなくて二次関数なんて僕たちで言うところの足し算引き算なみにこなしちゃったりして、論文書いて学会に発表しちゃったりすんのかな。

・・・・かわいくねーな。

放って置いても自分で育っちゃうからそのうち子供を育てる感情とかが人間から失われていきそうだな。

・・・・・・・。

やっぱダメだな。

生まれたらゼロから学び出して、死んだらゼロになることにも意味があるんだなやっぱ。
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▽コメント一覧(2)

だからこそ僕は今頭の中にだけ入ってる、形になってない小説のネタを書き終えるまでは死ねないと日々思いながら過ごしてます。
[ 2005/03/12 20:24 ] [ 編集 ]

>ちるちるさん

僕も似たような理由で今死ぬわけにはいきません。逆に言えば今やってることが完成してしまったら生きる意味を失いそーで(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
[ 2005/03/13 01:52 ] [ 編集 ]

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