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[ 2003年05月29日 04:45 ]
人間パラレルワールド その1 

パラレルワールドって実際にあるかどうかなんて話はどうでもいいんですが、アレって理屈の上では存在しうるものなんですかね。

タイムマシンだとか、時間の行き来をする、ってのはもうこれは
理屈の時点ですでにありえない話だとは思いますが。


・・・やぁ、いきなりですが時々不思議に思うんですよ。

人生って無限の分岐点があるわけじゃないっすか。その一つ一つの道を選んで俺たちは現在にいたるわけですが。

そこで、「もしも、あの時別の決断をしてたら、今の俺とはまるで違う俺がいたのかもしれない」とか思うと不思議。

その道を選ばなかったというだけで、その道を歩むはずだった俺はもうどこにも存在しない。じゃあもしその道を選んでたらどうなってたのかなー、っと。

これは選択をするたびに、紙一重の差で、存在するはずだった俺が存在しなくなるってことで、そう考えるとなんかちょっと怖くなる。

となると、例え今、ここに存在している俺とは直接関係がなくても、今、実際ここにいる俺が選ばなかった道を選んだ場合の俺が、どこかでその道を歩んでいて欲しい、なんてバカみたいなことを考える。

だってこの世で得るものって全てが非常に貴重だと思う。今の状態を後悔するんじゃなくて、ある道を選ぶことで失われるものっていうのも必ずあるはず。

どっちの道を選んだ方が良かったとかじゃなくて、ただ、無数に失われているものがあることにも気づかないのも何だから、今ここにいる俺が失っても、別の道を進んだ俺がそれを得ていれば何だか救われるような気がするんだ。


以下、この前の掲示板でこの記事にいただいたコメント▼

名前: けいりん@SF者 投稿日: 2003/06/04(水) 11:36
スレとはズレるんだけど。

>パラレルワールド
うい、ちゃんとした物理学者が提唱している考え方が元になってます。量子物理学でいう「多世界解釈」ってヤツですね。

参考書を挙げようと思ったんだけど私が読んだわかりやすい入門書は引越荷物の中に埋もれているので・・・ブルーバックス、岩波新書などにもいいものはあると思います。
「量子力学入門」みたいな本がよいです。できるだけ数式のない者を選べばけっこう面白く読めると思う。

>>>2タイムマシン
実はこれも物理学の論文に書かれてたりします。ただし作るためだけに多大なエネルギーを費やしますが。

「ワームホール」っていうのは実在するらしいです。時空の虫食い穴。ドアのないどこでもドアみたいなヤツね。で、これを人工的に作って「安定させ」ます。で、一方を地球の軌道上にでも浮かべておき、もう一方を宇宙船で引っ張って、できるだけ速い速度で遠くに行って帰ってきます。
すると相対性理論のいわゆる「ウラシマ効果」によって、持って帰ってきたほうは「より時間の経っていない=古い穴」になります。
そこで「置いておいたほう→帰ってきたほう」で「現在→過去」、逆向で「現在→未来」への通行が可能になると。自由に時間を選ぶというわけには行きませんが、一定幅の時間旅行なら可能になるわけですね。過去に行く方は、「出口が地球に戻ってから」つくようにしないとエライ遠くについてしまいますが。

ただし、「ワームホールを造る」とか「安定させる」っていうのが、現代の科学では無理っぽいです。ホーキングなんかは時間旅行が気にくわないらしく、「それができたら時間旅行が可能になるから、ワームホールを安定させることはできない」というふうに言ってるみたいです。

で、本題。

私は今でもよく考えますよ。「こうでない自分」について。で、選択するときはいつも悩みます。後で選ばなかった方についていつまでも考えてしまいそうで。

でも、例えばファミレスでメニューに迷ったとき、適当に決めても、それなりに満足は行くし、自分の選ばなかったものを隣のヤツが食っていたとして、それを見てうらやむ気持ちって、どんな場合も一定でしかないんですよね。案外人生だってそんなもんなんじゃないかと。

たとえば今配偶者に不満があるとして、「あのときコイツと別れておけば」なんてことを考えるとしても、そういう人って言うのは相手がどんな人であれ、一定の不満を持つんじゃないかなあ、とか。

そう思うようになってから、すこし「気楽に後悔」するようになったかな。



うーん、なんていうのかな、僕が言うところの、無数にある分岐点に対し「そうしなかった自分への後悔」っていうのとはちょっと違うんですよね。

>それを見てうらやむ気持ちって、どんな場合も一定でしかないんですよね

配偶者の例はちょっとあてはめにくいですが、例えばファミレスのメニューの例でいうと、俺は別に「別の選択にすればよかった」と後悔するんじゃなく、単に好奇心だったりするんですよね。

例えば俺は大学受験で浪人を選んだことは後悔してないですが、
仮に他の道を選んでたらそれはそれで180度違う人生が待っていたかもしれないと思うと、湧き上がってくるのは「そっちにすればよかったなあ」っていうんじゃなくてどんな人生だったのかなあ、っていう好奇心。

人生なんてどこでどう転ぶかわからないし、なんつーか・・それが楽しいじゃないっすか。だからどっちの方が良かった、とかいうんじゃなく、全く違う自分になっていた世界もありうるんだな、というただそれだけで、こうじゃない自分と一口に言ってもそれはどんな世界だろうかという好奇心。

それを見ずして全く無のままであるよりも、例え自分がそうじゃなくてもいいからどこかに存在していてほしいなあというか。

パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ
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