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[ 2007年08月10日 10:44 ]
自己分析自己中になれ 

2005年8月24日に下書き保存されて、タイトルすら未記入の記事があった。

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ご立派どころかむしろそんな自分にコンプレックスを抱かずにはいられない。

目の前にいる人間が喜んだり楽しそうだったりすると多少はうれしかったりするのは、何も僕だけじゃないです。

僕は他より多少その感が強いかもしれないけど多かれ少なかれ共通する感情は皆持ってます。




人が楽しんでる姿を見ると自分がうれしくなるのと同じように、自分が楽しめば自分以外の人間が嬉しかったりすることもあるはずだと僕は思う。

だけど僕は自分のことでホントに楽しいことってあんまりないし、そうなると、自分が楽しむことで相手が得られる喜びっていうものを、僕は人に与えることがあまり出来てないってことになる。

周りの人間が幸せそうなら僕は嬉しいけど、そーいう喜びを僕は求めてばかりで、僕は自分が笑うことで誰かを喜ばせることを忘れがちかもな、みたいなことがふと頭の中をよぎった。

若さっていうのかな。
自分より他人のことを優先的に考えられる自分を誇りに思ってた頃があって、こんなので満足するのは周りが見えてない証拠だよな。

社交辞令で喜んだりするのは簡単だけど、それはやっぱりその場しのぎでしかないわけだ。

全てに失望したり、投げ出したり、自分のことに無関心になるっていうのは、自分が堕ちていくだけじゃ済まされない。

それを防ぐためにも、人は自分のために楽しんだり、自分のためだけに喜んだりするのも必要なんだろう。

周りの人間のためにも自分中心のことを少しは考えてみようかな、と思った。まずは自分が楽しいことを探したり、何かに対して嬉しいと感じられる気持ちでも育ててみますか。
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