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[ 2005年11月09日 19:27 ]
人間人の話を拒めない 

自分の意思を持たないからね俺は。

セールスの電話とか来ても結局最後まで話とか聞いちゃうんですよ。
でもそんなの買う金が無いから、これは自分の意思に関係なく、理屈上購入が不可能ゆえに断らざるを得ないから今のところ変な買い物をしたことはないですが。

今僕がしてるお仕事は来店したお客さんと、ある契約を結ぶものなんですが、年寄りが身の上話始めちゃったりするんですわこれがまた。

僕も好きで聞いてるわけじゃないんだけどニコニコしながら楽しそうに話してるの見るともうダメ。無理やり商談に戻すなんて酷なこと僕には出来ないわけです。

聞き上手と言えば聞こえはいいけど。

そんで上の人からペースが遅いとか怒られたりするんですが、これは努力したところで出来る問題じゃないです。無理ですよコレは。

それとも仕事が板についてくると、そういうことが当たり前にできたり平気になったりしてくるのかな。

俺にとっちゃその方が立場上いいことなのかもしれないけど、そんな自分に何も感じなくなることを想像すると、どす黒い気分になる。

そんな時ふと、頭の中を「向き・不向き」っていう文字がかすめるわけだが。

そんな話を誰かにすると、「君みたいな人がお客には必要なんだと思うよ」みたいなことを言われたりするんだけど、そのためには職場にいる自分の立場を犠牲にし続けなくちゃいけなくて、そんなことが続けられるほど俺も器の大きい人間じゃないわけだ。


似たような話を聞いたことがある。

俺の身の回りに介護に携わる人間がいるんだけど、要介護者のために働きたい、喜ばれたい、っていう希望に溢れて入社したら結局介護の業界も企業なわけだからどうしても金儲け優先にならざるをえないみたいでね。

それ自体は悪いことでもなくしょうがないことなのかもしれないけど、あまりの忙しさに冷徹になっている先輩に愕然としたりするらしい。

自分の仕事がありすぎて、おじーちゃんおばーちゃんたちの話をゆっくり聞いて上げられなかったりないがしろにせざるをえなかったり、そーいうことが日常的にあるそうだ。

仕事を仕事と割り切って働いてる姿にはある種、醜さみたいなものがあって、将来は自分もああなるんだろうか、っていう不安にかられたりするみたいだね。

そして極めつけは「ああいう風にだけはならないようにしよう」って誓うものの、忙しい日々に追われ続けることで、気がついたらかつて自分が最も軽蔑していた姿に自分がなっていたりして、さらにそこで自己嫌悪に陥るそうだ。

話を聞いていて思ったよ。

実は一見人のために役立ちそうな職場こそ現実とのギャップに苦しむのかもしれない。

ひたすら機械的にこなせる仕事、この方が仕事として割り切りやすいんじゃなかろうか。

人助けがしたいなら個人の主体性が活かせる場であるべきかもね。
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